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テュランは走る。コンクリート剥き出しの通路は冷たく無機質で、不気味で恐ろしいとさえ感じてしまう。
緊急事態を知らせる警報音が、辺りに響き渡っている。正面の通路からは足音が駆け、背後では大人達の影が何か喚いている。
これはとても悪いことをしている。幼い思考でも、テュランにはわかってしまった。
「トラちゃん、早く! 頑張って、走って!」
少女がテュランの手を引いて、叫ぶ。黒い髪は乱雑に切られ、白い肌には傷や痣がいくつも目立つ。それでも、彼女の双眸には強い意志の光が獰猛な獣のようにぎらぎらと煌めいている。
彼女と二人で、どこまでも続く通路を走っていた。一緒に逃げようと、自由になろうと約束して。入り組んだ通路を懸命に走った。だが、大人達はそんな二人を許さなかった。
目の前で次々と下りる防犯シャッター。行く手を阻む壁に、少女は焦っていたのだろう。テュランの手を掴む力は痕が残る程強く、そして可哀想な程に震えていた。
「おねえちゃん……こわいよ」
テュランは恐怖に耐えることで精一杯だった。臆病で、弱虫なワータイガーの子供。そんな彼を、少女は励まし続ける。
「だ、大丈夫だよ、トラちゃん。おねえちゃんが……おねえちゃんがトラちゃんのこと、絶対に護ってあげるからね?」
大丈夫だよ。少女がそう繰り返すから、何だか本当に大丈夫な気がして。しかも二人は幸運なことに、まだ閉ざされていない通路を見つけた。二人は必死に走る。
だが、そこまでだった。
「トラちゃん!?」
足がもつれ、そのまま前に倒れるように転んでしまった。テュランの膝には擦り傷が出来てしまい、早くもじんじんと痛み出していた。
「トラちゃん、大丈夫? 立てる?」
「ふえぇ……おねえちゃん。いたいよぉ……」
限界だった。緊張の糸は切れ、身体中の力が抜けてしまった。少女がいくら引っ張ろうとも、もう立ち上がることなんかテュランには出来なかった。
「お願い、トラちゃん立って? 大丈夫だから、トラちゃんのことはおねえちゃんが護って……」
既に、防犯シャッターは半分以上下りた。もう時間がない、それはテュランにもわかっている。でも、どうしても足に力が入らなかった。
おねえちゃん。疲労と恐怖に震える声で、彼女を呼んだ。いつものように、助けて欲しかった。
「……ね」
「おね……ちゃん?」
「ごめんね……トラちゃん」
しかし彼女は謝罪の言葉を口にして、
テュランの手を、振り払ったのだ――
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