【一章】交換条件

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 国は円形に近い形をしており、北側から数えて時計のように十二の区画に分けられる。きっちりと、寸分の狂いもなく造り上げられたこの国に数日前、事件が起こった。  『人外』が、襲撃したのである。 「うんうん、楽しかったよねー! 人間たち、あんなにアタシ達のことをバカにしてたくせに、呆気なく死んじゃうんだもん!」 「ええ。あれはなかなかに滑稽でした。人外が協力し、連携するだけでこれ程の能力を発揮出来るとは……人間達には想像もつかなかったのでしょう」  二人が嗤う。これまで、人外は人間に屈辱的な扱いを受けてきた。それも、アルジェントが生まれるよりもずっと昔から。  戦争の捨て駒。もしくは、薬品や兵器の実験台。あるいは、時間を持て余した人間達の娯楽として悲惨な運命を押し付けられたのだ。 「今まではずっと、人外は人間よりも劣っていると思われていたからな。人外自身も、人間に恐怖心を擦り込まれ服従することでしか生きられないと思い込んでいた。だが……その固定概念さえ取っ払うだけで、こんなにも簡単に人間達を制圧出来た」 「今までの我々には、リーダーというものが居なかった。だからこそ、テュランくんの存在は大きい。僕はこれでも結構長い間生きてきましたが、ここまで人外が団結したことなどありませんでしたよ」 「そうそう。皆、テュランの言うことならちゃんと聞くからね!」  ヴァニラの言う通り。今の人外達はテュランが抱く憎悪に魅了され、やがて彼をリーダーと祭り上げ、団結した組織となった。テュランの中にもう、あの頃の弱い子供はもう居ない。どこにも居ない。  いつの間にか、居なくなってしまったのだ。 「ねぇねぇ、次はどうする? どんどん人間の領地を奪っちゃおうよ!」 「迂闊な行動は危険ですよ、今はまだ武力も数も人間の方が圧倒的に上なんです。これからは慎重に事を進めなければ、すぐに足元を掬われます」 「……なんか、じじくさいよねー。ジェズさんって」 「……ま、まあ……ヴァニラさんの何百倍も生きてますけど。まだ、じじいと呼ばれる程では……」  ジェズの口角がひくひくと引きつる。気がつかないふりをして、テュランは椅子に腰掛ける。  フカフカしている上にくるくる回り、しかも座ったまま移動も出来るという優れものである。何時間か前に、目一杯堪能済みだ。 「第二区の居住区は壊滅させたし。えっと……第一区、第三区には他に何があったんだっけー?」 「第一区は商業区だから、まあ食糧とかは当分大丈夫だろ……つか、大半の連中は人間でも良いんだったっけ?」  ヴァニラの問いに、テュランが答える。人外の殆どは肉食であり、特に人肉を好む者が多い。生きたままだとか、死肉が良いとかは個人によるが。 「んー、アタシはやだなー人間は。あんま美味しくないし、食べられるところ少ないし。牛とかの方が美味しいよ」 「ああ、確かにな」  テュランも人肉は好きじゃない。 「僕は人間の方が好きですけどね。豚や鳥は、頂けない」 「吸血鬼は事情が違うじゃない。血でしょ、血!」 「しかもジェズは結構な悪食だしな」  ジェズアルドのような『吸血鬼』など、特殊な食性を持つ人外は多い。しかも、その中でも長寿の種族は年齢を重ねる毎に趣向が『悪食』に走ることが多い。  腐った肉が良いとか、死にかけの老人の血が良いとか。考えただけで気持ちが悪くなる。 「いえいえ、僕はただ偏食なだけですよ」  笑顔で、ジェズアルド。彼等が言う偏食と悪食にどんな違いがあるのか、テュランには区別が付かない。  ただ、明らかに目の前の吸血鬼は趣味が悪い。 「あ、そういえば……先程この病院に保管されていた輸血パックを一つ頂いたんですが」 「それは……盲点だった」 「へー? どうだったの?」 「うーん、好みの問題でしょうが……僕は好きじゃないですね。なんていうか、味気ないというか。血液製剤とか、そちらは結構面白かったのですが」 「吸血鬼にしかわからない感覚ね……あーあ、つまんなーい! ねーテュラン、今度はもっと楽しいエリア奪っちゃおうよー! 遊園地とかさー!」  ふさふさの尻尾をぶんぶんと振って、ヴァニラ。確かに、娯楽施設の獲得はテュランも願うところなのだが。ジェズアルドが言うように、これからは人間達に付け入る隙を与えないよう慎重に行動しなければならない。  しかし、それでは人外達が納得しないだろう。彼等が望むのは、憎き人間への報復。その心を満たすには、何か派手なことをしまければ。 「……第三区で生き残った施設は、国営のテレビ局とこの大学病院か」  現在、テュラン達が拠点を構えるのは第三区に存在するハルス大学付属病院という、国内で一番巨大な国立病院である。  広大な敷地は第三区の三分の一を占める程で、病棟や大学の校舎だけでなく様々な研究所にちょっとした商業スペースも充実している。薬品臭いのが難点だが、この院長室やVIP専用の病室などはなかなか居心地が良い。拠点としては十分に満足である。  それとは別に、第三区には国営のテレビ局も存在する。主に放送するのはニュースや天気予報、子供の教育番組などお行儀の良い放送ばかり。とりあえず放送は停止させたが、職員達は生かしてある。  せっかくの戦利品なのだ、何か派手なことをしたいものだが。 「……あ」 「ん? どうしたの、テュラン?」 「ククッ……良いコト、思いついた」  人外達の鬱憤を晴らし、尚且つ人間の戦力を減らす。この両者を兼ね備えた最良のアイデアを思いついてしまった。  しかも、この悪趣味さは我ながら鳥肌ものの自信がある。 「二人とも、こういうのは……どうだ?」
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