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5話
「そろそろかな?」
出かける準備が終わって時計を見ると、もう10時前。
明日も同じ時間にって言ってたし、篠塚君時間には正確な方だもんね。
~~~♪
…あ。
やっぱり電話来た。
「もしもし。」
「俺。もう降りてこられるか?」
「うん。すぐに降りるね。」
戸締りもしたし…うん、大丈夫。
さて、行きますか。
「…うわっ。…ビックリした…」
「えっ…?」
玄関のドアを開けると、何故か真横から聞こえた声。
驚いて見ると、思いがけない人が立っていた。
「…宏隆…。」
「…美乃里、もしかして今から出かける所?」
「あ…うん。何か用事だった?」
「いや…色々やらないといけない事あるなと思って。その…家賃の手続きとか、さ。」
「あ…。」
そっか。
言われてみればそうだよ。
2人で住んでたから今まで家賃は宏隆名義だったけど、私だけになるなら色々と手続きしなきゃだよね。
でも、下で篠塚君待ってるし…
「ごめん。その話、また今度でもいい?」
「分かった。時間ある時連絡して。」
「うん。じゃあ私、下で人待たせてるし行くね。」
少ししか話してないし、そんなに待たせてないとは思うけど…
あ~もうっ。
エレベーター遅いっ。
階段で降りた方が早いかも。
「篠塚君っ…!ごめん、待たせてっ…」
「走って来たのか?息切れてる。」
「うん…ちょっと階段をダッシュで降りて…久しぶりに走ったから…」
やばい…
あれぐらいでこんなに息切れるとは思って無かった…
死ぬかと思ったんだけど…
「そんな焦らなくてよかったのに。髪乱れてるぞ。」
きっと悲惨な事になっていただろう前髪を手櫛で直されて、さっきとは別の意味で心臓がドキドキしてきた。
…自分でも、何であんなに焦ってたんだろうって思う。
でも、一秒でも早く篠塚君の所に行かなきゃって。
それだけ考えてた。
「呼吸も落ち着いたみたいだし、これ乗って。」
「車…?」
「そう。今日はドライブ。」
「車運転するなんて知らなかった。」
「休みの日にしか乗らないからな。」
そうなんだ。
じゃあ、知らなくて当然だ。
10年一緒に働いてても、知らない事いっぱいあるんだろうな…
「ほら。助手席乗って。」
「…お邪魔します。」
「ちなみに言っとくけど、助手席に女乗せるのお前が初めてだからな。」
「え?…いたっ。」
「バカ、急に顔上げるからだぞっ。打ったとこ見せて。」
バカって…
乗り込んでる途中であんなこと言うのが悪いと思うんだけど。
思いっきり頭ぶつけたし。
痛い…
「…良かった。傷にはなって無さそうだな。ドア閉めるから、手とか気を付けろ…ん?あれって…」
「どうしたの?」
どこ見てるんだろ?
方向的に、マンションの前の道路?
何かあるのかな。
「お前は見るな。」
「え?!ちょ、何で目隠しするのっ?」
「ちょっと我慢して。」
我慢してって言われても。
「…もういいぞ。」
「ねぇ、何だったの?急に。」
「何でもない。」
「何でもないって…」
目隠ししておいて何でもないとか、意味分かんないんだけど。
「…拗ねてるのか?」
「別に拗ねてない…」
「でも顔がむくれてるぞ。」
そりゃ訳も分からずあんなことされたら、むくれたくもなるでしょ。
「そういう顔も初めて見たけど、可愛いな。」
「そ…そんなんじゃ誤魔化されないからねっ。」
「本音だけど。なぁ、ちょっとこっち向いて。」
「…何?」
ちょっとムッとしたまま篠塚君の方を見ると、頬に優しくキスをされて。
目の前で愛おし気に微笑まれたら、さっきのむくれた気持ちなんて何処かに消えてしまった。
「本当に可愛いと思ってるから、こういうことしたくなる。」
「…ずるいよ、そういうの…。」
「本当のことだし仕方ないだろ。だから機嫌直せ。」
…機嫌なんて、とっくに直ってる。
ただ、気恥ずかしいだけ。
「…さてと。出発するからシートベルトちゃんとしとけよ。」
「うん。」
走り出した車の中で、隣の篠塚君を見ながらやっぱり考えてしまう。
どうして、私なんだろうって。
「ねぇ、1つ聞いてもいい?」
「何?」
「何で、私なの?」
「は?」
「だって分からなくて。篠塚君なら、もっと他に沢山いい子がいると思うんだけど。」
「…他にいたら、こんなに苦労してない。」
「え…?」
無言になっちゃった…
なんか、怒らせた…?
しばらくして車が止まったのは、海の見える駐車場だった。
「…さっきの話だけど。」
「うん…」
「お前、新人研修の時の事って覚えてる?」
「新人研修?」
「そう。お前と俺、同じグループだっただろ。」
「…あ!」
そう言われてみれば、そうだったかもしれない。
もう10年も前の事だし、ハッキリとは覚えて無いけど。
「可愛い子がいるなって思って、ずっと気にしてお前を見てた。…研修の最終日に、俺が定期入れ無くして困ってたら、お前一緒に探してくれただろ。疲れて早く帰りたいだろうに、見つかるまで付き合ってくれた。」
そんな事、あったっけ…
「…よく覚えてるね。」
「当たり前だろ。あの時お前の事好きになったんだから。」
「え…?!」
「あの時からずっと、俺はお前が好きなんだ。」
ずっとって…
10年間ずっと…?
信じられない気持ちで、何も言えずに篠塚君を見つめる事しか出来なかった。
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