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6話
「その様子だと、やっぱ気付いてなかったんだな。」
「…ごめん。」
「まぁ、俺も気付かれないようにしてたからな。お前に彼氏が出来てからは特に。…お前に彼氏が出来たって知って、かなり後悔した。何で早く告白しなかったんだろうって。」
「私…何も知らずに…」
宏隆の愚痴も、惚気も…篠塚君に、話してた。
どんな気持ちで、この10年間話を聞いてくれてたんだろう…
考えただけで、勝手に涙が溢れてくる。
私が泣いてどうすんのって思うのに、止まらない。
「ごめっ…」
「何で泣くんだよ。俺が勝手に10年も片思いしてたんだから、別にお前が泣く必要ないだろ。」
「だって…っ」
「…何度も諦めようと思ったんだ。お前が同棲始めた時、きっともうこのまま結婚するんだろうと思って、合コンに行ったり友達に紹介してもらったりもした。でも全然ダメだった。相手に興味すら持てなくて、やっぱりお前じゃないとダメなんだなって。」
私、そこまで言ってもらえるほどいい女じゃないのに…
「だから、お前が結婚するって言ってきたら、すぐに適当に見合いして俺も結婚しようと思ってた。幸か不幸か、俺は上司だから一番に教えてくれるだろうしな。…そうでもしないと、バカな事やらかしそうだった。」
「バカな事?」
「ほら、昔の映画であったろ。式場に乗り込んで花嫁連れ去るやつ。まぁ、あそこまで派手なことは出来なくても、式の前にお前を手に入れようとはしてたかもな。」
「そんな事、考えてたの…?」
「割と本気で考えてた。お前が幸せならいいって思ってても、いつ結婚するって言われるか怖くて、結婚なんて話が出る前に別れてしまえばいいとも思ってた。…最低な奴だろ?」
頭で考えるより先に、気付いたら首を横に振っていた。
そこまで好きになってもらえるなんてそうそう無いと思うし、自分がその相手だなんて驚きこそしても、篠塚君を最低だとは思えない。
「あ~…涙で化粧剥がれちゃったな。」
「う…見ないで…」
自分でも、多分悲惨な顔面になってるだろうことは気付いてるから。
あんまり見ないで欲しい…
今すぐトイレにでも駆け込みたい。
「隠すなよ。どんな顔でも全部見たい。」
「やだ。絶対グチャグチャな顔してるから。」
「俺は、お前のどんな姿見ても好きでいる自信あるぞ。」
「…化粧がグチャグチャでドロドロな顔してても?」
「うん。」
「女子力無くても?」
「お前の言う女子力がイマイチよく分からない。」
「…休みの日にスッピンでグータラしてても、そう言える?」
「当たり前だろ。」
「下着とか、全然色気無いんだよ?体だってたるんできてるし、それでも言える?」
「…それは、見せてくれるつもりがあるってことか?」
あ…
「その、今のはね…」
「下着に色気が無かろうが、スッピンでグータラしてようが、ぐちゃぐちゃな顔してようが、体がたるんでこようが…俺は、お前ならずっと愛せる。」
「そう、なんだ…そっか…そんな風に言われたの初めて。…ありがと。嬉しい。」
初めて、篠塚君の気持ちに素直に言葉を返せた気がする。
…なんか凄いな。
どんな私でも、篠塚君は受け入れてくれるんだ。
多分宏隆は…私に、いつでも女であることを求めてた人。
休日のスッピンも色気のない下着も、あんまりいい顔してなかったの、本当は気付いてた。
でも、一緒に暮らすのに無理はしたくないって、気付かないふりしてた。
あの頃から、私達の間には見えない溝が広がってたのかもしれないな。
…宏隆の事ばっかり責められないね。
気付いてたのに、話もせずに好きでいてもらう努力もしなかったのは、私だから。
「なぁ…その嬉しいは、俺に都合よくとっていいのか?」
「え?」
声の近さに驚いて顔を上げたら、目の前に篠塚君がいた。
いつのまにこんなに近くに…?
「あのっ…」
「…ここに触れるのは、まだダメか?」
「っ…」
親指で唇を撫でられて、ゾクゾクとした感覚が一気に体を駆け巡った。
顔が…ううん、全身が熱い…
「お前がいいって言ってくれないと、ここにキス出来ない。だから…いいよって言って。」
「んっ…」
ふいに耳の近くにキスをされて、思わず吐息が漏れ出てしまった。
「それとも、まだダメ…?」
…ダメじゃ、ない。
「い…」
いいよって言おうとした瞬間、車内に電話の音が鳴り響いた。
「…はぁ。俺のだ。こんなタイミングで誰だよ…」
本当、狙ってたんじゃないかっていうぐらいのタイミング。
「もしもし。…ああ、お疲れ様。…それなら、ファイルに入ってるだろ?…無い?変だな、確かに入れてあったのに。…分かった。俺も今から行く。…じゃあ、また後で。」
電話を切った篠塚君は、深い溜め息を吐いて私を見た。
「今から会社行くの…?」
「ああ。明日使う書類の資料が見つからないらしい。ちょっと行って一緒に探してくる。」
「私も手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。すぐ見つかるだろうし、お前は家で休んでて。それに、泣いた顔誰にも見せたくないだろ?」
「あ…」
そうだった。
すっかり忘れてたけど、化粧崩れてるんだった…
「それに、俺も会社とは違うお前の姿を誰にも見られたくない。」
…なんか、こうも独占欲を剥き出しにされると、こそばゆい。
こんな感覚、凄く久しぶり。
「ごめんな、こんな事になって。」
「ううん。しょうがないよ。」
こういう時すぐに行ってあげる所が篠塚君らしくて、好きだなって思う。
「…さっきの続き、今度絶対聞かせて。」
続き?
…もしかして、いいよって言おうとした事かな。
「…うん。」
さすがにもう、自分の気持ちにも気付いちゃった。
こんな簡単に気持ち変わる?って思うけど…
篠塚君の気持ちが嬉しい。
もっと一緒にいたい。
会社では見れない篠塚君をもっと見たい。
触れられるのだって嫌じゃない。
言葉でも態度でも、簡単にドキドキしてる。
…そんな気持ち、異性として惹かれてなかったら説明できないよね。
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