【1000字小説】ルナの財布

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目当てのものを見つけたのは、売り場に入ってすぐだった。 けれど、まっすぐに向かっていって「これをください」と即決できるほど、安くはない代物だ。 それに……贈り物について悩めば悩むほど、相手に時間を使っているということになる。 誰だって贈り物そのものより、自分にかけてくれた時間の方を愛おしむに違いない。 初めての恋人への贈り物は財布にしよう。 最初からそう決めていた。 まだ高校生のとき、同級生の男の子が年上の彼女に贈られたと、しきりに自慢していたのを覚えている。 恋をしたこともなかった私にとって、その光景はひどく眩しく映った。 1度だけ、年上の彼女を見かけたことがある。 私もあんな風になれたら、恋人ができるのかな。 華やかな女子大生への憧れは、私に美容革命をもたらした。 歴史的出来事だ。 百貨店なのかデパートなのかよくわからないファッションビルで、じっくりと財布を見定める。 ブランド品でないと駄目だ。 それに本革の長財布でないと。 たっぷりと時間をかけて、結局最初から決めていたものを選ぶ。 「贈り物用ですか?」 店員に尋ねられると、妙な緊張と興奮が体中を駆け巡った。 丁寧にラッピングされた立派な箱を手にして、眩暈すら覚える。 私も恋人のためにブランドの財布を買える人間になったのだ。 私の胸の内には漠然とした、それでいて具体的な恋人の理想像が居座っていた。 1ミクロンでも外れてはいけない。 初めての恋は、完璧がいい。 だから、恋人にも贈り物を用意してほしかった。 聖夜の夜は雰囲気の良いレストランで食事をして、イルミネーションを見て、それから恋人の家へ行って苺のホールケーキを食べる。 その後は贈り物を交換する時間だ。 それ以外に何があるというのだろう。 どうして。 どうしてあなたはスウェットで迎えにきて、どこにも寄らず、スナック菓子を食べようとするの? 我慢に我慢を重ねた末、私にとどめを刺したのは、理想像ががらがらと崩れ落ちる音だった。 ゲームを始めようとした恋人に、震える手で綺麗な箱を手渡すと言われたのだ。 「あれ?そっか、今日クリスマスなんだね」 私は立ち上がって恋人から箱を奪い取った。 奪い取って、言い放った。 「返して。それルナの財布にするから」 怪訝そうな表情も、毛玉のついたスウェットも、ごみの散らかった部屋も、吐き気がするほど憎かった。 初めての恋は、完璧じゃない。 綺麗に巻いた茶色の髪を振り乱して、安いアパートの階段をずんずんと下っていく。 師走の風が、目に沁みた。
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