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例えばそれは学校の屋上で
「私の人生なんてこんなものか……」
放課後、夕日の遠い屋上といえば告白か自殺のどちらかであることはオタクであれば一般教養であろう。彼女は多分後者だ。
「お願いだからやめてください」
私はとりあえず土下座をして懇願した。いい感じの夕日を受けてフェンスの格子が影を落とす、そんな中での脈絡のない土下座だった。彼女に死なれては私は「死刑又は無期若しくは五年以上の懲役」に処されてしまう。なりふり構っている暇はない。
「何? 正義感ってやつ? いつもいつもいつもみんな私のことをこうして邪魔するんだ……」
なにも聞いていないのになんかしゃべりだした。あほらし、土下座やめよ。こいつのせいで人生の危機とかなんかむかつくな。
「あなたが私の人生の邪魔をしているんですよ、えっと不死川さん」
「誰が不死川だそれはお前の願望だろ、こっちは今まさに死のうとしてんだよ」
「そんな事したら私が……じゃなくて君のためにならない。それに……」
「それに何だよ」
私はいうかいうまいか逡巡した後に意を決して言った。
「死んだら三途川さんになっちゃうでしょ」
「ならねーよ、そもそも私は不死川でもねーよ。こんなことで呼び止めるな」
死のうとしてる割にノリがいいな、まあ私がそう設定したんだけども。
「ところで私はあなたのことが大好きなので結婚を前提に付き合ってくれませんか?」
これで自殺から告白への流れを作るんだ。多分きっと恐らくmaybe いける。
「脈絡なすぎだろ、おまえはこの状況のどこに勝算を見出したんだよ」
「こうすれば情状酌……じゃなくて、そう、あれだよあれ、告白は非日常に限るってね」
「その『非日常』はこういう意味じゃねーよ、それにあいにくだけど私はあんたみたいな地味なデブスを好きになるほど悪い目をしていないんでね」
「そっか、でも口は悪いみたいだね、死ね川さん」
「口が悪いのはあんただ、よくもまあ自殺しようとしてる人にそんなこと言えるな」
「えっ、そんなべっべつに、うん。ありがとう」
「ほめてねーよ」
「でも自殺しようとしてる人に『死ぬな―』だの『生きろー』だの言うのってどうかと思うんだよ、短絡的だしそんなつまんない何の意外性もないことを言われたらこの世の退屈さを痛感してもっと死にたくなっちゃうよ。だから嗜好を変えて敢えて『死ね』と言ってみたんだよ、これは革新的な試みといってもいいね、僕たちでそんな既成概念ぶっ壊そうよ、死のうとしてる人に『死ぬな』なんて野暮だよ。君だって社会の『こうあるべき』っていう圧力を恨んでいたんじゃないのか」
「いいことを言っているように見せかけて長々と言い訳をするな、あんた私が死んだらなんか困るのか」
「めちゃくちゃ困ります。まずあなたと結婚できなくなります。子供だって三人は欲しいんです、だからずっと健康でいてもらわないと困ります。あと何年か引きこもりというかとある場所に引きこもらされるかもしれないですね」
ま、そんなことあなたには関係ないでしょうけど……と言って遠くを見た。必勝パターンだ。冗談ぽく言った後のシリアストーン。
「いいことを聞いた。あんたのおかげで死にたい理由が一つ増えた」
「あの、酷すぎないですかね今改心するところですよ、私だって傷つくし暇じゃないんですよ、もうこの続きは明日にしよーよ、あんたの気持ちが本当なら一日延びたところで変わらないでしょ、そう私の不死川さんへの気持ちと同じようにね」
「だからいいセリフみたいに言うな、それに不死川じゃねーよ」
「わがままな人ですねもういいじゃないですかそんなことは、うーんとじゃあ非不死川さん、夕日も沈んじゃいましたけど、それでも死ぬつもりですか、私に言わせればそんなのありえません。一日の終わり、夕日が沈みゆくさなかに可憐な女子高生が生涯に自ら幕を下ろすからいいんですよ。暗くなってから死んでもニュースにしてもらえませんよ、お悔やみ欄に老人たちと一緒に載るだけですよ」
「それもそうだなって膝を打つわけないだろ、全国の御老人に謝れ」
「じゃああなたはここで死んだら明日を生きたかったお悔やみ欄の老人たちに謝れるんですか、病死した子供の隣に堂々と『不死川 メメントモリ』って載せられるんですか」
「ん? そのメメントモリってのは私の名前か?」
「自分の名前も知らないんですか? 死は忘れてないくせに」
彼女は頭をかきむしる。
「ああもういいよ、こんな意味不明な会話した後になんて死ねねーよ、ばあーーか」
ばか、一丁入りました。
「あなたが死んだら私も死ぬかもしれないんですからね、つまりもうあなただけの命じゃないってことです、私たちは運命共同体なんです結婚しましょう
」
フェンスを降りる彼女を手伝おうとした。触るなっていわれた。
「明日もここに来るから、君がここで死のうとする限り毎日来るから。じゃあな、えっと……メメントモリ」
「私の名前は不死川だ」
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