前書き

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前書き

  近年、オタクたちは長い闘争の末に人権を獲得することに成功した。所謂オタク文化の台頭である。  人権を得た彼らの力は強大となり、年に二度も東京ビッグサイトを占拠するなど、ついに国家権力も無視することのできない勢力となった。票を獲得することで優位性を得ることのできる現行の議会制民主主義においては連日オタクに迎合的な政策や法律が可決されていった。  そのような社会通念の劇的変動の中、行政権の中枢である内閣も対応を迫られた。財務大臣が『ローゼンメイデン』を本当は読んでいないのではないかという疑義がスキャンダラスに報じられ、大臣本人が弁明のために国会中継で感想を述べるという事態が生じた。しかし彼の感想は「何も理解していないやつ」の典型だった。  この事実は瞬く間に全国民の知ることとなり、内閣支持率は一時一桁台にまで落ち込むに至った。そこで内閣は求心力回復のために起死回生の閣議決定を行った。「架空のキャラクターにも人権を認める」という憲法解釈を行ったのだ。かねてより「○○は俺の嫁」などという者もいるオタクがこれに反対するはずもなく、役所にはアニメキャラクターとの婚姻届が提出され、キャラクターには特段の反対すべき事情のない限りは婚姻の意思ありとするという最高裁判決が出された。これにより現政権の支持は強固なものとなり、オタクによるオタクのためのオタクの政治の基盤が出来上がった。   しかし、一つだけ問題があった。登場人物にも人権を認めるということは、物語の作者が殺人などの犯罪的な描写をすればキャラクターは罪に問われ、作者も教唆・共犯として訴追されることとなるのだ。そこで、人権相互間の矛盾・衝突の調整原理である公共の福祉を理由として表現の自由が制限されることとなった。つまり、作者は人権侵害的な描写をしたら罪に問われるのである。  これはそんな状況の中で、必死に有罪を回避する作者のお話である。    
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