1人が本棚に入れています
本棚に追加
ぎゅうぎゅう、ぎゅうぎゅう…
あれ?お、重い…なんかすごく重いんだけど…
お腹の上に乗りかかる大きな何かがもそっと動いて、雪乃はゆっくり目を開けた。
お腹の上に乗っていたのは、3歳の次男だった。もう17キロはある。
「うー、重い~」
うなりながら次男ごと体を横に向けると、そこには5歳の長男が寝ていた。
「せまいー」
仕方なく起き上がって自分が寝ていた場所に次男を寝かせた。
立ち上がると、足元の布団に寝ている8歳の長女を踏みそうになってよろける。
部屋は他にもあるのに、家族全員がこの狭いスペースで寝てるとは、人口密度の偏りがひどい。
長女の枕元に1冊の絵本があるのを見つけて拾い上げた。
「白雪姫」
寝る前に読んでとせがまれて、寝かしつけながら自分も寝落ちしてしまったのだ。
「それであんな夢を見たのか」
ふふっと笑いながらリビングに行くと、テーブルの上にあるものを見つけた。
「これも原因かな」
ヨーロッパに出張中の夫が送ってくれたアンティークの手鏡だった。
中世のおとぎ話に出てくる魔法の鏡みたい。そう思って覗き込むと、長女がふざけてあの呪文を言ったのだ。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?」
鏡は表と裏で映る大きさが違っていた。大きく映る方で自分の顔を映したとき、あまりのひどさに思わず鏡を落としそうになった。
目の下のクマ。眉間の縦じわ。カサカサの肌。そして大人ニキビ…。
うそぉ。私のすっぴんってこんなにひどかったの?
あいつはどんな気持ちでこれを送ってきたんだろう。
『ありがとう』と送ったラインの返信をまだ見ていなかったのを思い出して、スマホのメッセージをチェックする。
『蚤の市で雪乃が好きそうなの見つけたから。アマゾンじゃないぞ』
「本物のアンティークか。子供のおもちゃと一緒に入れるから、おもちゃかと思うじゃん」
ティッシュで指紋をきれいにしてから、もう一度覗き込んでみた。
「は~。今フランスだっけ?パリジェンヌは綺麗?って送ってやろうかな」
スマホを構えて、やっぱり止めた。「美人ばっかりだよ」なんて言われたら凹むにきまってるもの。
結婚して10年。子育てしかしてこなかった。私、鏡もまともに見ていなかったんだなぁ。
飾り棚には10年前の結婚式の写真が飾ってある。輝く笑顔の二人。
この時の自分はまだ知らないんだよ。ハッピーエンドには続きをあることを。
「白雪姫とおんなじかぁ」
あいつの出張は3か月。帰ってきたらびっくりさせてやろうかな。
雪乃はパソコンを立ち上げた。
『大人ニキビ 原因 対処法』
たたたっと打ち込んで「検索!!」
小間使いはいないけど、私には文明の利器がある。
「綺麗になった」って絶対言わせてやるんだから。
了
最初のコメントを投稿しよう!