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顔も瞳も空へ向けたまま、一華が答える。
「ううん。お気に入りだから」
「なんだ」
光をばらまいたような夜景を見下ろして、
颯太はさして残念でもない声を出す。
「俺と初めて会った時に着てたから、だと思った」
「そうだっけ? あー、そうだった。
新人教育って君が初めてだったからさ、
自分に気合いを入れる意味でも、これを着た記憶、ある」
「おかげさまでちゃんとした社会人になれました」
「ちゃんとした社会人って、研修終了の直後に教育係へ告ったりするものだったっけ?」
「元、教育係でしょ。
こっちは一応研修終わるまで待ったんだから。
そっちこそ、いたいけな新社会人の告白をものすごいインパクトで振ったくせに」
「本当のことだもん。
…あ、ねぇ、あの辺り星座っぽい」
一華の指が中天近くを指し示す。
一際輝く星が九つ、
巨大な翼を描くかのように並んでいた。
颯太の視線が街から空へ持ち上がる。
「何座かな」
「さぁ。星座はよく知らないから」
「…天の川、見えないね」
「明るすぎるんだよ。
…今日は皆起きてるんでしょ」
颯太の眼が再び街を見下ろす。
空を鏡写しにしたような数が、
眼下の闇に灯っている。
時刻はそろそろ日付の変わる頃だった。
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