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夏空
「何を見ているの?」
蝉の合唱を背景に、声が響いた。
窓際にいた女が、座椅子から静かに立ち上がる。
「ん、いや──懐かしいものを見つけたんだ」
壁際の棚を向いていた男が、
片手を掲げながら振り返る。
歳相応の皺を刻んだ指先に灰色の紙が揺れていた。
一目見るなり、女がああ、と面白そうに笑う。
淡いグレーの髪の下で、目尻に細かな皺が寄る。
「そんなもの、とってあったの」
「そりゃあとっておくよ。
世界中がひっくり返ったニュースだから」
「ニュースにひっくり返ったんじゃなくて、
世紀の大誤報に、でしょう」
歩み寄った女が、
男から灰色の紙を受け取って眺める。
それは新聞の切り抜きだった。
紙面ひとつ使った記事の半分を、
世にも美しい流星の写真が埋めている。
空を短冊型に切る光のその上に、
白抜きの大見出しが躍っていた。
──『人類史上最大の空騒動』──。
「本当、迷惑な予測だった」
「大外れでもなかったけどね。
いくつかは本当に落ちたし」
「こーんな小さい石ころになって、でしょう?
落ちたのも海がほとんどで、
陸では山とか荒れ地とか」
「地主には大打撃だったんじゃないか」
「逆よ。“世界を終わらせる” 隕石が落ちた場所だって、観光地化して潤ったって話よ」
朗らかに笑うと、
女はひょいと切り抜きを返して窓際に戻った。
通りすぎる飾り棚には、
何十年とそこにある色合いの写真がひとつ。
はしゃいで両手を広げた若い女性と、
ポストカードのように見事なエッフェル塔。
「でも」
座椅子にくつろいだ様子で座って、
女は雲を浮かべた夏空を見上げた。
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