プロローグ

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プロローグ

 この子は天才だ。  博は生後3か月の娘・ゆめの無邪気な顔を見つめながらそう感じた。ゆめの兄で今小学2年生の聡がはじめて発語したのは1歳を過ぎたころ。発語に至る段階が明らかに早いのだ。 「おじいちゃん」  ゆめがニコニコと笑みを浮かべながらそう発したのを見て、博の父親・義一もたいそう喜んでいた。  ところが次の日、事態は急変した。義一がこんにゃくゼリーをのどに詰まらせて病院に救急搬送されたのである。懸命な処置が施されたがそれも空しくその日の夜11時17分、義一は帰らぬ人となってしまった。  義一がこの世を去って3か月が経った。ゆめの発語は義一の死後一切途絶えていたのだが、この日再びゆめが口を開いた。 「おばあちゃん」  博の父・洋子はその様子を見て 「こうして孫娘がすくすくと育ってくれることが、夫に旅立たれた私の生きがいよね」  としみじみと語った。  次の日の朝、洋子が突如倒れた。心筋梗塞だった。洋子はこの日の午前9時11分、その生涯を閉じた。 ――これは……!  博の背筋が凍った。ゆめがおじいちゃんと言った次の日に義一が亡くなり、おばあちゃんと言った次の日に洋子が鬼籍に入った。一度ならまだしも、二度続くのは偶然とは思えなかった。  洋子の死から1か月半余りが過ぎた土曜日のこと。博は洋子の四十九日を済ませ、車で家路へと急いでいた。助手席には妻の楓が、そして後部座席ではゆめと聡がそれぞれチャイルドシートに腰かけている。 「でも本当に、一寸先は闇よね……」 「そうだな……」  楓の言葉を受けて博の口から不意に漏れた。そのときだった。 「お父さん!ゆめがなんか喋ってる!」  後部座席から聡の声がした。 「え?なんて喋ってる?」  博がそう訊き返したとき、 「おとうさん」  というゆめの声がした。  博の腕にぞくぞくとした寒気が襲ってきた。 「明日、俺は死ぬのか……」  時計が回って0時。その『明日』がやってきたのだが、眠れない時間は続く。やり残したことは山ほどあるはずなのに、体が言うことを聞かない。かと言って目は覚めてしまっていて眠ることもできないのだ。死ぬときは苦しいのだろうか?激痛を伴うのだろうか?不安と恐怖が相乗効果を生み、結局博は一睡もできないまま朝を迎えた。不眠で足元がふらつく中2階からリビングへと降りていくと、楓の声が聞こえてきた。 「え?本当ですか?それはご愁傷様です……え?はい。じゃあ担任の先生の後任はまだ……そうなんですね。はい、わかりましたありがとうございます。失礼します」  そこには神妙な面持ちでスマートフォンに向かって話している楓の姿があった。楓が通話を終えたとき、 「何かあったのか?」  と博が尋ねた。 「何もかにもないわよ。聡の担任の宮内先生、夜中に校舎の屋上から飛び降りて死亡が確認されたんですって!」  楓は動揺を隠せないままそう告げた。 「えっ?どういうことだ?」 「だから、聡の担任の先生が亡くなったのよ!」  博の頭の中の糸が玉結びと玉留めを7回くらい重ねたかのようにこんがらがった。
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