モドキ

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 その日、仕事を終えた俺は、いつもは寄り道もせずまっすぐ通り過ぎるだけの大通りから、少し外れた横道へと入ってみようと、ふと考えた。そんなことをすればどうなるかは、もちろん目に見えていたのだが。ただ同じ毎日を繰り返すだけの、日々の生活に疲労しきっていたその時の俺には、なんとなく自虐的な気持ちがあったのかもしれない。どうせ堕ちるなら、とことん堕ちてやれ。そんな、冷静な時なら無謀とも思える気持ちを胸に、俺は薄汚れた横道へと入っていった。  予想した通り、いや予想以上に、その細い路地裏は強烈な薄汚さを露にしていた。一見きちんと整備されているように見える大通りから一本横道に入っただけで、こうも違いがあるものか。とりあえず汚いものは、全てこの裏道に押し込んでしまえ! とでも思ったのか。  そこに置き捨てられたまま何日も、いやひょっとすると何週間も放置されてるのかもしれない生ゴミや、もしかしたらその下に動物の死骸でも埋まってるんじゃないかというくらいの腐臭を漂わせた、積み重なった湿っぽいダンボールなど。それらの得も言われぬ色彩や臭いが入り交ざった、この路地裏の混沌とした状況は、まさにカオスを漂わせていた。  まったく、「ヤツら」と来たら……! もう少し綺麗にしておくとか、片付けておこうとか。そういう考えは起こらないものなのか? 俺は心の底に強烈な嫌悪感を抱きながら、その路地裏に面した、一軒のバーの扉を開けた。こんな薄汚い路地裏で店を開いてるなんて、正気の沙汰とは思えないが……その時の俺の心理状態そのものが、正気ではなかったのかもしれない。扉を開けた途端、とてつもない後悔の念が心を覆いつくそうとしたが、俺はあえてその店の中に、そのまま足を踏み入れた。
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