モドキ

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「出よう」  俺はズボンを穿き、立ち上がると、彼女の手を掴んだ。「え?」驚く彼女に、俺は更に言った。 「出るんだ、この店を。もう、こんな店にいることなんかない!」  後から考えたら、やはりその時の俺は、どうかしていたのだろう。しかし、俺は止まらなかった。いや、自分を止められなかった。もう、あの酒場で感じたような、自虐的な笑いは微塵も起きなかった。全てを、何もかもをブチ壊したかった。ただその衝動だけが、その時の俺を突き動かしていた。  きょとんとする彼女の手を引き、俺は薄暗い店内を大股で歩き、受付を通り過ぎようとした。 「ちょっと、お客さん?」  それまでは裏に隠れていたのだろう、かなり人相の悪い男が受付の裏からぬっとその姿を現したが。俺は少しもひるむことなく、そいつの鼻っ柱にパンチを浴びせた。「ぬ、ごわあああ!」そいつの鼻はポキリと折れ、顔を覆った手の指の隙間から、どくどくと血が流れ出した。もろいな……やっぱりこいつも、「ヤツら」だった。  鼻を押さえて悶絶している人相の悪い男の脇に、受付をしていたと思われる、貧相な感じの男が呆然と突っ立っていた。俺はそいつにつかつかと歩み寄ると、一言「上着を寄越せ」と言い放った。そいつはまるで抵抗することなく、自分が着ていた上着をおずおずと俺に差し出した。  俺は彼女にその上着を着せると、ちらりと外の様子を伺ってから、思い切って店を飛び出した。まだ、最初に寄った酒場のヤツらが俺を探しているかもしれない。ヤツらに見つかる前に、なんとか「足」を見つけたい……。俺は路地裏を、入ってきた方とは反対方向に進んでいった。
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