モドキ

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「どこに行くの……?」  彼女が、ポツリと俺に聞いた。 「どこか……俺達が、暮らせるところさ。」  そんな場所があったっていい。いや、きっとあるはずだ。例え、なくたって……。 「そう……」  彼女はそれだけ言うと、俺の腰に両手を回し、ぐいっと力強くしがみついてきた。 「あるかな、どこかに。そんなところが……」 「あるよ、きっと。」  俺はそう答えたが、もちろんそんな確証はなかった。ただ、ここではないどこかへ行きたい。そういう思いだけで、バイクを走らせていた。 「いいよ、なくたって。」  徐々にスピードを上げていく俺にしがみつきながら、彼女が言った。 「もう、こんな気持ちいい風を感じる事なんか、ないと思ってたもの。なくたって、後悔しない……」  彼女は更に、ぎゅっと自分の体を俺に押し付けてきた。そのぬくもりが、俺の背中を濡らした。彼女の想いが、ぬくもりとともに伝わってくるような気がした。ずっと「あのまま」でいるくらいなら……! それは、俺の想いと同じだった。  俺達は、夜の町をバイクで走り続けた。こうやって走り続けている間は、少なくとも、俺達は「自由」だった。それが例え、どれだけ危うく、どんなに儚いものだったとしても。俺達は、今この瞬間だけを守ろうと、走り続けた。  そして、彼女が俺の背中越しに言った。 「ねえ……」 「なんだい?」 「そういえば、さ。あなたの名前、聞いてなかったわよね……? あたしも自分の名前、言ってなかったけど」  そうだった……。俺達は、そんなことすら忘れていた。あの薄暗い、薄汚い店で出会い、そして衝動的に飛び出して。そのまま互いに、名前も名乗らず仕舞だった。それに気付いて、おれは少し笑った。あの酒場での気の触れたような笑いとは違い、今度のは清々しく、爽やかな笑いだった。
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