モドキ

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「じゃあ、あたしから言うね? あたしの名前は……」  彼女が、そういいかけた時。 「そこのバイク、止まりなさい!」  けたたましいサイレンの音と共に、拡声器で怒鳴る声が響いた。間違いなく、俺達に対しての呼びかけだろう。そして間違いなく、「ヤツら」が「モドキ」に対して呼びかけてるんだろうと感じた。その声の苛立ち加減は、逃げている犯罪者への単純な怒りとは、異なるものに思えたのだ。そう、あれは、「俺達」に対しての憎しみが篭った声なのだ! 「止まりなさい、止まらんか! さもないと、実力行使に出るぞ?」  怒鳴り声に見向きもせず、走り続ける俺達に、その声は更に苛立ちを増していた。それがまた、俺には可笑しかった。更にアクセルをふかしながら、俺は声をあげて笑い始めた。 「わははは、わははははは!」  それは最高に気持ちのいい笑いだった。今までの人生で、一番気持ちのいい瞬間かもしれなかった。しかし、その考えはすぐに間違いだった事に気付かされた。 「あははは……」  俺につられたのか、俺のすぐ後で、彼女も笑い始めたのだ。 「あははは、あははははは!」  そう。彼女もまた、今この瞬間を、最高に気持ちのいい瞬間だと感じているに違いなかった。俺達はまるで競うように大声で笑い始めた。ニ人の声がシンクロして、もつれあうように、猛スピードで走るバイクの後方にすっ飛んでいった。一人よりも、二人の方がいい。単純なことだった。これこそ、俺の人生で最高の瞬間だった。そして、今まで俺が求め続けて、手に入れられなかった瞬間だった。 「俺達」は今、生きる喜びを全身で感じている。謳歌している! その喜びは、こうして笑いとして体の外にまで溢れている。どうだい、これでも俺達は「モドキ」なのかい? 俺達をモドキと呼べるのかい……? その時。
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