モドキ

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「いらっしゃい……」  まるでやる気のなさそうな、そして客商売をやっている覇気というものもまったく感じられない、カウンターに肩肘を突いたままの中年女がそう呟いた。着ている服だけは妙にケバケバしいが、顔の化粧は崩れ、それに伴って顔全体のバランスまで崩しているようにも見える。だが、こんな路地裏に存在する店の女将だと考えれば、それはひどくその場に適していると言えるのかもしれない。俺はなるべくその女と顔を合わせないようにしながら、狭いカウンター席の、その一番入り口に近い端に腰掛けた。  カウンター席には、その中年女と見事に釣り合いが取れているような、言ってみればこの店に最も相応しいと思える風体をした、初老の男が一人腰掛けていた。その男は、俺の方をちら、と一瞬だけ見て、すぐに顔を背けた。パリッとしたスーツを着込み、この店にそぐわない身なりをした俺を見て、「お呼びじゃない」とでも思ったのだろうか。  カウンターの背後にある3つの4人がけボックス席には、一つだけ3人の男達が陣取り、黙って酒を飲んでいたが。そいつらのリアクションも、カウンター席の男と似たりよったりといったところだった。いずれにせよ、俺はここでは間違いなく「浮いた存在」だった。 「なんにする……?」  中年女は、肩肘を突いたまま、まるでお役所の事務仕事のように、愛想のない声で俺に聞いた。俺は女の視線を外すため、ますます俯き加減になり、その格好のままでぼそっと呟いた。
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