モドキ

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「じゃあ、ビールを一杯……」  そして俺は、身分証をそっとカウンターの上に置いた。こんな店でも、一応決まりは決まりだ。身分証を提示しなければ、酒は飲めないことになっている。そして中年女も、ビールをグラスに注ぎながら、律儀な人だねえという顔をしつつ、申し訳程度に俺の身分証を横目で見た。その時、女の表情が変わった。 「あら……!」  女は急に、まじまじと俺の身分証を見つめ始め。それから身分証の写真と俺の顔とを交互に繰り返し眺めた。 「へぇ~~……」  中年女の、そのわざとらしい口調に、カウンターにいた薄汚い男がたちまち興味を引かれた。 「ん? どうしたってんだ?」  中年女は、これ見よがしに俺の方を見ながら、初老の男にそっと耳打ちをした。俺はそれを見ながら、黙って身分証を財布にしまった。そんな俺の様子を見て、男が独り言のように、だがしっかりと俺に聞こえるような大きさの声で、その言葉を吐いた。 「モドキ、か……」    そう、俺は、そして俺の仲間は、やつらにそう呼ばれている。見かけも、遺伝子の配列もまったく変わらないはずなのに。ただ、俺達の方が少数派だというだけで。そして、自然に生まれたか、人工的に作られたかの違いによって……。  今から数十年前、時の政府は慢性的な不景気の打破のためにと、労働力の強化と労働力再生産に対する負担の軽減を目的として、「人工生命」の生産を開始した。もちろんその計画には最初から多くの反対意見があり、半ば強引に実行に移した感はあったのだが。その反対派の不安が的中したかのように、それからの世界は一変した。そして、俺達「モドキ」への差別が始まった……。
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