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要らぬ一言(side 須藤)
午後三時を知らせるチャイムと共に、隣の席の立花が伸びをした。
「ああ、やっと出来た」
本当に小さな声なのに、キーボード音のみがカタカタと響く静かなオフィスの中ではバカみたいに目立つ。
ま、本人は全然気にしてないみたいだけど。
大手ソフトウェア会社に新卒入社して二年目の立花と三年目の俺。
FAXの自動認識という、物凄くレガシィな技術を扱っているプロジェクトに居る所為か、若手は俺達しか居ない。
だからかな。立花と俺は割と仲がいい。
そして、そんなよしみか、立花は都合よく俺を使おうとする。
「須藤さん。ここの実装、コードレビューに出す前に、ちょっとチェックして頂けません?」
「良いよ、いつまでに?」
ディスプレイに目を向けたまま答えると、立花は「んふぅ」と変な声を上げた。
「今すぐに」
コラッ!
朝のミーティングでスケジュールと進捗度合い、お前も把握してるだろ?
急に俺担当になった仕様書、今日までなのに、朝の時点で未着手だっただろ!
しかも、今日はこれから会議二個も入ってるんだぞ。
その上、お前の書いたソースコードのチェックなんて、出来るか、ドアホ!
と思うものの、自他共に認める温厚でジェントルマンな俺。
内面にあるドロドロな諸々など、決して面には出さない。
代わりにニッコリ笑い掛けた。
「俺、そんなに暇そうに見える?」
「はいっ!」
優しく訊いたら、付け上がりやがって。
「オイっ! 即答かよっ!」
ちょっとキレ気味に返したのに、立花は余裕。
逆に宥めるような顔で俺を見やがる。
「すみません、冗談です。
でも、事前に須藤さんに見て頂くと、PLの沼田さんに褒められる事が多いんですよね。
なので、ここは一つ、可愛い後輩の為に一肌脱いで下さい。
須藤さんだけが頼りなんです。
お願いします」
上目遣いに両手を顔の前で合わせ、ニコッと笑う立花は確かに可愛い。
頬にポツポツ出来てるニキビがちょっと気になるけど、丸顔の童顔、そして本田翼みたいなショートボブ。
やっぱり可愛い。
くっそー! だから何だって言うんだ。
立花が可愛かろうが、可愛くなかろうが、俺には、関係ねぇよ!
ただの後輩なんだから。
でも……。
「わかった。じゃあ、仕様書とソースのパス、あと見て欲しい観点まとめてメールしといて。
それに沿って、チェックするから」
あああああああ、何だよ、俺っ!
完全に、立花の掌の上で転がされてるじゃねぇか!!!
向かいの席に座ってる派遣のオバちゃんの薄ら笑いを横目に俺は一人悶えた。
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