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杏也先輩の手の大きさも、ぬくもりもすべて本物なんだよね?
夏の暑さにゆがむ景色を見つめながら、学校へと向かう。集合時間より余裕をもって学校についたから、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと校舎の中へ入っていく。玄関を抜けた先にある部活掲示板に目を向けると、右下の目立たない場所をじっと見つめる。未確認生物といわれたわたしが描いた妖精が目印の演劇部の部員募集のポスターがまだ貼られている。
思えばここから今の演劇部のすべてが始まったんだよね。杏也先輩に演劇部を作れないとか予言されたっけ。ひとりで空回りしている時でも杏也先輩や拓梅先輩、凪彩ちゃん達に助けられながらもやっとここまで来たんだよね。つい昨日のことのように思いだす。まさかわたしが杏也先輩を好きになるなんて思いもしなかったけど、いつからわたしは杏也先輩を好きになったのかな?
杏也先輩のきれいな字で書かれた旧地域相談室の文字をなぞる。この時にはもう杏也先輩のことが気になっていたのかな?恋をするって不思議だな。気づいたらもうその人を好きになっているんだから。だからきっかけなんて実はみんな気づいていないことの方が多いんじゃないかな?
気づいたら目で追っている。とか、顔を見るだけで、一緒にいるだけでぎゅっと胸がしめつけられて痛くもなるし、ぽかぽかもするし、くすぐったくもなる。その時に初めてわたしって恋をしているのかな?って気づくのかもしれない。
一緒にいたい人、いてほしい人。
守りたい人、守ってほしい人。
うれしいことも楽しいことも、悲しいこともさみしいことも、気持ちを一緒に共有したい人。
それを好きな人って呼ぶのかな?
わたしは杏也先輩だけじゃなくて、拓梅先輩だって汐里先輩だって、凪彩ちゃんに演劇部のみんなだって、もちろんお父さんもお母さんもお姉ちゃんだってみんな好き。でもその中でも杏也先輩だけは特別。だからこれを恋っていうのかもしれない。みんなの心から好きがたくさんあふれたら、もっともっと温かい気持ちでたくさん満たされていくのに。
「これだ……これを伝えたい」
急いで部室に駆けこむと、かばんからノートを出して気持ちを書き留めていく。うまく伝えられるかわからないけど、わたしの言葉で伝えられたらいいな。ひとつも言葉を取りこぼさないように時間も忘れて、無我夢中で文字をつづる。
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