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「ひとりでここまで片付けたんですか?」
「はい」
「どうして手伝ってくださいって私を呼びにこなかったんですか?」
「えっ?」
驚きのあまり振り返ると、杏也先輩がわたしをじっと見つめているから、心臓がドキリと音を立てる。
「もしも助けを求めたら……手伝ってくれたんですか?」
「私はそのつもりでしたよ」
「それなら手伝いに来てくれればよかったじゃないですか」
「それではダメなんですよ。あなたが私に助けを求めることが重要なんです」
「意味が……わかりません。杏也先輩はいじわるです」
「よくいわれます」
ふっと笑う杏也先輩の顔に自然と心臓がうるさく音をならす。まただ。苦しいのにうれしい。にやつきそうになる自分に戸惑う。
「でもひとりでよく頑張りましたね」
「ずっ、ずるいです。やっぱりいじわるです」
ふいをつかれたやさしい言葉に顔が熱くなっていく。熱を冷ますように手足をばたつかせたいほど気持ちが落ち着かない。
「私は今、ほめたのですが」
ムッとしたような顔で見つめてくるから、思わず顔を背ける。
「いっ、いつも、いじわるだから気づきませんでした」
本当はほめてもらえてうれしいのに、言葉は気持ちと反対のせりふを吐いてしまう。そんな自分が許せなくてはがゆくて今にも走り出しそうになるくらい心が落ち着かない。
「そうですね。とにかく早く帰ってくださいね」
目を伏せた杏也先輩がわたしの横を通りすぎて教室を後にする。
違うのに……ほめてもらえてうれしかったのに。慌てて廊下に出るけど、暗闇に消えていく杏也先輩の後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。
きっと本当の杏也先輩は人のことをよく見ていて、よく考えてくれて、困っている人を放っておけないやさしい人なんだ。なのにストレートに言葉をぶつけてくるし、反論もできないほど正しいことをいう。だからみんな杏也先輩を怖いと思うし、冷たい人だと思ってしまう。
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