3.困らせたいワケじゃない

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そんな周りからのイメージや反発に杏也(きょうや)先輩自身がなれたというようにどこかあきらめているようにも見えてしまう。だからわたしが心にもないことを杏也先輩になげかけたときもどこかあきらめたように笑っていた。でもその顔は悲しそうにも見えてまるで針に何度も刺されたようにチクチクと心が鈍い痛みを感じている。 「いつだって杏也先輩は真っ直ぐな言葉をわたしにくれるのに……バカだな……わたし」 わたしも素直になりたい。だから杏也先輩に謝りたい。うれしかったって伝えたい。 まだ生徒会室にいるかもしれないという少しの望みが、わたしを生徒会室まで走らせていた。 正面玄関の蛍光灯がチカチカと点いたり、消えたりしている。暗い廊下を抜けて、明るさになれた目が、部活掲示板に貼られたポスターを見つける。 「これって……」 部活掲示板の中でもいちばん目立たない場所。右下に貼られていたのは、演劇部の部員募集のポスターだった。 「なんで貼られているの?」 よく見ると、丁寧なきれいな文字で部室は旧地域相談室と書き足されていた。もしかして杏也先輩の文字?演劇部のポスターに手をかざしてうつむく。また助けてくれた。いつだって杏也先輩は分かりづらいやさしさでわたしを助けてくれるんだ。未確認生物なんていわれたわたしの下手くそな絵が描かれたポスターでさえ、杏也先輩の手によって特別なものに変わる。まるでわたしの背中を押してくれているみたいだ。杏也先輩の励ましに応えたい。助けてもらった分、いっぱい杏也先輩にお返しがしたい。じわじわと高まる熱はいつまでも冷めることがなかった。 結局生徒会室に行けないまま今日になっちゃった。杏也先輩のやさしいはやっぱり反則だ。どうしたらいいかわからなくなっちゃうよ。でも今日こそは杏也先輩にお礼を伝えたい。素直な気持ちを伝える。呪文のように何度も心の中で唱える。寝る前に伝えたい言葉も考えて、何回も練習をしたからきっと大丈夫。学校が近づくにつれてドキドキと心臓が音を立てる。拓梅(たくみ)先輩の明るい声、キャッキャとはしゃぐ女子の声が聞こえてくる。歩く足を止めて、一度深呼吸をしてから正門のアーチをくぐった。 「おっ、おはようございます」 「おはようございます」 杏也先輩がわたしに挨拶を返してくれたからホッとしたけど、すぐに目を伏せられてしまった。それが妙に悲しくて心がずきりと不気味な音を立てる。
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