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今にも消えそうな声で杏也先輩が悲しい言葉を呟く。投げかけられた言葉を認めて、そんな自分を自分自身があざ笑うように悲しい笑みを浮かべている。胸がずきりと痛い。そんな悲しそうに笑う顔なんて杏也先輩には似合わない。いつものように無表情で何を考えているのかわからない顔をしていると思ったら「仕方のない人ですね」ってあきれたように不器用な顔で笑ってほしい。
「そんなことない。俺はいつだってきょーに助けられてる。価値がないなんてひどいじゃないか」
「落ち着いてください。こういう役回りは私の仕事ですから。あなたは黙って笑っていればいいんですよ」
「なんだよ……それ」
「……すみません。いいすぎました」
「俺だって……きょーのお兄ちゃんなんだから守りたいよ」
那砂兄弟の不穏な空気に体育館が静まり返る。
「しょせん仲良しごっこの兄弟なんだな」
それまで那砂先輩たちに突っかかっていた男子生徒が鼻で笑うと、言葉を吐き捨てながらきびすを返した。
「待ってください。あなたも演者なら人を傷つける言葉ではなく、演技で黙らせてくださいよ」
振り返り鼻で笑うと無言のまま男子生徒が立ち去る。
「兄さんに謝りもしないなんて」
「もういいよ。きょー。ありがとう」
「兄さん」
「みんなも騒がせちゃってごめんね。実は演技でした。サプライズどっきりです。びっくりした?」
「……兄さん」
「普段は本当に仲良しなんだ。だから心配しないでね」
拓梅先輩の言葉にみなが笑顔に変わって、はりつめた空気が柔らかなものに変わっていく。でも必死に笑顔を作る拓梅先輩の横で目を伏せる杏也先輩がなにを考えて、どんな気持ちでいるのか考えただけで悔しくて、悲しくて泣きたくなる。誰だって自分に向けられた悪意のある言葉に傷つくよ。心は目では見えないから分かりづらいけど言葉の刃物で傷つけられた杏也先輩の心はきっと悲しみがたくさん流れ出して痛いはずだよ。
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