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「わたしと阿左美先輩が演劇部の部室で話しをすると知っていたから、わたし達に気づかれないように立ち聞きしていたんですね」
「それは、本当にすみません」
「最初から聞いていたんですか?」
押し黙る杏也先輩の反応はそうだと認めているみたいで、ムッとした表情を作りながらも怒っているように見せるけど、内心はあんなに恥ずかしいせりふを聞かれたことに今にも逃げ出したくなる気持ちをおさえるのに必死だった。
「阿左美先輩の本心を知るためにあなたを利用したといわれてしまえばいいわけもできません。私もあなたを利用した。本当にすみません」
「そんなことないです。わたしが阿左美先輩の本心を知りたくて勝手にやったことです」
「そうですね。こんな危ない方法じゃなくて、もっとやりようはあったと思います。とてもあなたらしいとは思いますが。でも私に心配をかけないでください。あなたこそ私が見ていないところでむちゃをしないでください」
今、杏也先輩からやさしい言葉をかけられたら、悲しい、うれしいの感情がごちゃまぜに混ざりあってどんな顔をしていいかわからなくなる。うれしいのに複雑、悲しいのにうれしい。感情が忙しいよ。
「なんて顔をしているんですか。わかりましたか?」
「はい……」
「それと……ありがとうございます。あなたの言葉うれしかったです」
「えっ!?今、なんて?」
「はっ、はず……いいえ。ちゃんと聞いていない人にはもういいませんよ」
手の甲で口元をおさえながら微かに頬を赤くする杏也先輩が珍しく慌てているような、戸惑っているようにも見えて普段冷静な杏也先輩のまた違う一面が見れてほんの少しうれしくなる。
「あなたは本当に感情がわかりやすいですね。青ざめたと思ったら小動物のような顔をしたり」
「だから小動物ってなんですか」
からかわれてるってわかっていてもうれしくなる。今だけはわたしが杏也先輩を独り占めできているのがうれしい。でも……感情がわかりやすいって……てことはわたしのこの気持ちに杏也先輩は気づいている?そんなことないはず。ちゃんとかぎをかけて胸の奥に閉まってあるはずだし。だから気づかれていないよね?おそるおそる杏也先輩を見上げるけど、いつもの感情が読めない杏也先輩の顔がわたしを見ている。
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