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「すごい」と思わず声をもらしながら動き回る。ふと足を止めて舞台上の3人を見渡すと、土田さんは念入りにストレッチをして体をほぐしているし、水川さんは台本をじっと見たまま動かない。草野さんにいたっては、もう舞台上を降りて大きなあくびをしている。
みんながバラバラだ。気持ちも、漂う空気までもバラバラ。このままだと演劇部全体がまとまっていないから学園祭当日が心配になる。なんとかしないと……そう思うのに強くいえない。かべがあると指摘されたばかりだけど、わたしひとりのわがままにここまでみんなが付き合ってくれているんだから感謝することはあっても、やっぱり口にすることは難しいな。
「一回通してやってみない」
「そうだね」
3人が舞台そでにはけて舞台上にはわたしひとりだけが立つ。とたんに体育館のかべが押し寄せる感覚になって固まったまま、動けなくなる。
「どうしたの?」
「早く始めよう」
わたしの異変に気づいて、声をかけてくれるから、我に返る。
「だ、大丈夫。始めよう」
「雰囲気にのまれないようにね」
「はい。とりあえず深呼吸します」
深く息をはいて気持ちを落ち着かせながら、最初のせりふを言葉にする。なんとかうまくしゃべれてる気がする。だんだんと緊張が心地いいものに変わっていく。演じるって、自分じゃない誰かになりきるって難しいけど、気持ちを理解するとき、演じる人物と共鳴しあうとき、こんなにも自分じゃないみたいにふわふわと夢見心地で体が勝手に動いて、うれしいも、悲しいもわたしのものになっていく。
ひとりで演じているだけでもこんなにも楽しいなら、みんなとこの舞台を一緒に楽しみ、気持ちをわけあったら、どんなわくわくが待っているんだろう。期待に胸をふくらませながら物語は進み、いよいよ土田さん演じる散らばった感情を集めながら冒険をする少年と出会う場面に近づいていた。
「誰か……誰かいませんか?お願い……助けて」
舞台そでから土田さんが出てきて、舞台上からあたりを見渡す。次に土田さんの最初のせりふが始まるはずだけど、無言のままじっと舞台中央で土田さんが立ちつくしたままだった。
間にしては長く感じるし、なんだか苦しそうに肩で息をしているみたいに見えた。
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