対話(1)社長室への呼び出し

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対話(1)社長室への呼び出し

 柳内社長から電話がかかり、たまたまそれを受けた涼真は緊張した。 「湊、社長様から今すぐ社長室に来てくれって」 「わかった。  でも、社長に様はいらない」  湊はそう言って、面倒臭そうにしながら別室の部屋を出て行った。  湊は、社長に1人だけ呼び出されたという事は、プライベートな事なんだろうな、と予測しながら、社長室のドアをノックした。 「お、来た来た」  秘書がドアを開けると、ソファに座っていた柳内が笑顔を浮かべながら手招きする。 「失礼します」 「ほら、おいで、湊君」  秘書が苦笑しているのを横目に、奥へと進みながら一応言ってみる。 「仕事の話ですか?そうですよね?今は業務時間内ですからね?」  柳内と向かい合って座っていた女性が、困ったような顔で湊を見た。母、篠杜恵梨香だ。  しかし柳内はどこ吹く風で、むしろ、唇を尖らせた。 「でも、いくら言っても湊君、遊びに来てくれないし。命令して呼ぶしかないだろう?」 「呼ぶなよ、伯父さん。用もなく社長室に遊びに行く社員がいたら変だろ」 「……せっかくミニキッチンも充実させといたのに、呼んでくれないし」 「皆が緊張するだろ」 「恵梨香、湊がボクを虐めるよ」  プッと恵梨香が吹き出した。 「はいはい。その内、少しずつ慣れたらね」 「おし!」  柳内はガッツポーズをして見せた。 「もう、兄さんったら。子供みたいに。  湊も、元気そうで良かったわ」  湊は柳内の隣と恵梨香の隣のどちらに座るか迷ったが、柳内が少し隣に避けて隣をポンポンと叩くので、そこに座った。 「実はね、泰英が今度結婚する事になったから、兄さんにお式への出席のはがきを持って来るのと、当日の警備の依頼に来たの」 「そうですか。おめでとうございますと伝えてください」  恵梨香はどこか困ったような顔をし、湊はいつも通りに無表情で秘書の運んで来たコーヒーに口を付け、柳内は痛みを堪えるように小さく笑った。  別室では、誰も何も言わないで仕事をしていたが、湊が帰って来ると、全員がソワソワと迎えた。 「おかえりなさい!えっと、あの、コーヒー飲みますか?」 「飲んで来たからいい。ありがとう」  悠花は取り敢えず座り直した。 「湊君、その……なんでもないわ。今日も近接戦闘、やる?」 「はい。雅美さんも?」 「ええ」 「じゃあ、よろしくお願いいたします」  雅美は上品に微笑んでから、パス、と視線を涼真に向けた、 「湊!」 「ん?」 「あの」 「ん?」 「あれだ」 「何だ?」 「……始末書とかか?クビとかだったら、一緒に謝って頼んでやるからな」 「お前は俺が何をしたと思ってるんだ?」 「え?社長の呼び出しだから、何か怒られるのかなあと」  涼真はテヘヘと頭をかいて笑い、座った。  錦織はそんな部下達のやりとりを見ていたが、静かに笑顔を浮かべた。 (大丈夫なようですね)  それで大人しく仕事に戻った彼らだったが、数分後、心配そうな顔付きで、悠花が訊いた。 「湊君、大丈夫?何があったの?」  それで全員がキョトンとし、湊は苦笑を浮かべ、言った。 「全く。悠花さんは鋭いな。  呼ばれて行ったら、母が来ていて。今度兄が結婚する事を聞いたんだ」  その、梨園のプリンスの結婚話に沸く皆に、言っておく。 「明日発表するらしいから、それまではオフレコだから。  まあ、それを聞いて来た」  それで、お祝い気分の皆は、再度キョトンとした。 「湊は出ないのか?弟だろ?」 「出ない。おめでとうって言付けておいた。  それはいい。それよりも、社長だ。時々ここでやってる宴会とかミーティングに来たいらしい」  それに、錦織は嘆息して下を向き、他は驚いて棒立ちになった。 「しゃ、社長様がか!?」 「様はいらん、涼真」 「無礼討ちってやつですか!?」 「悠花さん、それは昔の武士だよ。無礼講って言いたいんじゃないの?」 「ど、どうしましょう。お膳とか取らないといけませんか?」 「スルメとかも好きだけどな、あの人。気にしないでいいよ、雅美さん」 「あの人は本当に、困った人ですねえ。  まあ、それを狙ってのミニキッチンで、ぶうぶう文句はいってましたけど。とうとう自分でお願いして来ましたか」  錦織は力なく笑った。 「まあ、来る時は肩書もなしだと言っておくから」 「無礼講と言われて本当に無礼講にしたら大変な事になるって事くらいは、知ってるよ、俺!」 「まあ、その時は本当に気にしなくていいですよ。ええ。普通にしていれば」  錦織が仕方なさそうに言い、湊は頷いた。 「ただの先輩社員扱いでいいと思う」 「お茶目で面白い人物ですし、難しい事とかも言わない人ですからね」 「ええ。参観日に行きたいがためにジェット機をレンタルして戻って来て、すぐにとんぼ返りでアフリカへ行くような困った事はしますけどね」 「何それ!?」  おかげで、少しあった暗いような空気は無くなったのだった。
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