注目(3)アイドルとひよこちゃん

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注目(3)アイドルとひよこちゃん

 スーパーの催事場で新人アイドルのミニライブが行われるというので、それに別室が借り出されていた。どうも想定していたよりも人が集まりそうという事らしい。  アイドル目当てに集まっているのは中学生から30代くらいまで。それよりも小さい子のお目当ては、急遽増えた共演者、人気アニメのキャラクターを模したひよこの着ぐるみだ。その子供のために親がついて来ているし、買い物中にライブを知って足を止めた客もいる。 「凄い混雑具合だな。スーパー中の人間がここにいるんじゃないか?今なら売り場もレジもガラガラなんじゃないのか?」  湊は、高さ20センチ、畳12枚分の舞台を囲む観客を見ながら言った。  湊達別室の人間は、この舞台の左右に分かれて、客の方を向いて立っていた。 「アイドルの方は新人ながら、まあ、アニメの主題歌を歌っていて人気が出だしたようだしね。後、3日前のブログで話題になって、人気急上昇らしいし」  それが、急遽人手を増やさなくてはならなくなった理由だ。 「ふうん。素人にしか見えないのにな」  言う湊に、涼真は釘を刺す。 「言うなよ、絶対にそれを言うなよ」 「言うか」 「ひよこちゃんの人気もすごいよな」 「子供だけでなく、大人にも人気があるみたいだしな」  言って、チラリと横目で舞台を見た。  文化祭クオリティのアイドルがニコニコしながら歌い、その横でひよこが、手を振っている。 「わからん」  呟いて、湊は目を客の方に戻した。  と、その感覚がくる。背中がチリチリとするような、空気が急に尖ったかのような、そんな感覚。これは、湊が過去に経験させられた出来事が原因で身に付いた勘だ。悪意、危険を感じ取ると、こうなる。  湊は意識を集中させて、その出所を探った。  どこだ、誰だ、何をしようとしている――?  信者の如くアイドルを見つめる観客、ひよこに釘付けの子供達、子供のそばにいる親、立ち止まって眺める買い物客。 (いや、違う。そっちじゃない)  湊は、舞台へ目をやった。  アイドルとひよこが、同じ振り付けの簡単なダンスをしている。手をふり、上げ、体を揺すり、両手をギュッと縮めて屈伸したかと思うと片手を突き上げ、近付いて――。 「おい!?湊!?」  湊は舞台に飛び出し、全員がそれを目を丸くしてただ見ていた。  湊はそのままひよこの片手を掴んで足を払って転がし、手を背中に捩じり上げた。すると、カランと音を立ててナイフが捩じり上げた手から落ちる。  それで辺りには、悲鳴と怒号が飛び交った。  ミニライブは中止となり、観客は散って行き、代わりに警察が来た。  着ぐるみに入っていたのはアイドルの元カレで、歪んだ独占欲から、アイドルを刺殺しようと思ったらしい。興奮していたが、大人しく警察に連行されて行った。 「子供達が、ひよこちゃんにトラウマを抱えないといいわね」  雅美が気がかりそうに言った。 「でも、よくわかりましたね。ナイフ、着ぐるみの先に開けた穴から出てなかったんでしょ、寸前まで」  悠花も目を丸くしている。 「いや、その前に、何で舞台の方を見てなかったのに?」  涼真も不思議そうに訊く。 「……勘?」 「勘、ですか」  湊は頭を掻いた。説明は難しい。 「まあ、ケガ人が出なくて何よりだったな。助かった」  本来ここを受け持っていたチームのリーダーがそう言って、 「また頼む」 と笑って離れて行った。 「帰りましょうか」  雅美が言って、別室も引き上げる事にした。  帰り着き、報告を上げて一休みしていると、庶務課社員が小包を持って来た。 「篠杜 湊さんに届いていました」  見ると、柳内警備保障秘書室 篠杜 湊様、となっている。 「差出人はなしですか」 「ああ、そうですね。  ハンコお願いします」  湊はそれを机の上に置いて、引き出しからハンコを出し、受け取り票にハンコを押した。  他の皆も、興味津々でそれを見ている。後でどこかで一人で開けるという選択肢はなさそうだ。  大きさは、目覚まし時計くらい。重さも大したことはない。耳を付けてみたが、音はしない。取扱注意、というシールが貼られている。  カッターを使って、そっと包装紙のセロハンテープを剥がし、包装紙を剥ぐ。出て来たのは、緩衝材に包まれた小箱だ。その緩衝材を丁寧に取り去って行く。 「意外と丁寧なんですね」  悠花が言った。  湊と錦織は、どこか緊張した表情だ。  そして、箱を慎重に開けると、中には腕時計の箱があった。  それを静かに出し、数秒眺めてから、湊は溜め息をついてふたを開けた。 「うわあ、時計だ。高そう」  涼真が羨ましそうな声を上げた。  ブルガリの高級腕時計だった。  カードが付いていたので、それを取り上げ、広げる。癖のある見覚えのあるフランス語が、綴られていた。      就職おめでとう      わたしのカナリヤへ愛をこめて  湊はそれを放り出すようにした。 「何ですか?お祝い?凄いですねえ」 「写真でしか見た事無い!」  悠花と涼真が興奮しているそばで、錦織が気づかわし気な顔をしていた。 「就職祝いらしいけど。わざわざこんなの……」  溜め息をついて、湊は時計を見た。 「就業時間だ。帰ります」 「はい。お疲れ様でした」  錦織はにこにことして応え、涼真と悠花も荷物を片付け始めた。  そして涼真と悠花も帰って行くのを見送り、雅美は錦織を見る。雅美は、フォローの必要がある事も考え、詳しい事は抜きで、湊が柳内の甥で、湊が家族と上手くいっていないとは話してあった。  なので、雅美はこの腕時計が、家族の誰かから贈られた物であると考えているだろうと、そう錦織は思った。 「難しいものですね」  そう言うと、雅美は痛みを堪えるように頷いた。 「家族は、一度こじれれば難しいものですよ」  雅美も、性同一性障害を告白して以来、家族とは疎遠だと聞く。 「無理に合わせなくてもいい。残念ではありますが、それで無理を強いられるのであればね。  では、私も失礼しましょうか」  こうして、本日の別室の業務は終わった。  廊下へ出ると、錦織は笑顔を引っ込め、考える顔になった。 「この事を知れば、それ見た事かと西條が公安を貼り付けかねないな。オシリスめ。余計な事をする……」  錦織は深い溜め息をついた。
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