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4.晩御飯
リビングに座っている五人の男たち。体格・見た目・雰囲気も全く異なる五人は、しかし、同じようにそわそわとした面持ちで、ここへと次に訪れる人物を心待ちにしていた。何せ今日はその人物を中心とした、特大イベントが待っているのだ。
「ただいまー。あ、みんなもう居たんだ」
そんな時、彼らの心情のことなどまったく気づいていない彼女はこの家に帰宅した。
五人の男と、恋人である友梨佳。ここは、一風変わった関係の彼ら六人が、同居する一軒家である。
「友梨佳サンッ、お帰り!」
「友梨佳ちゃん、おかえりなさい」
待ち望んだその姿に、熱い視線を浴びせる男たちであるが、彼女は一向に気にした素振りも見せず、冷蔵庫をあけて、唸る。
「うーん、ねぇみんな、晩御飯、何がいい?」
「ええっ、友梨佳さんが作ってくれるんですか!」
その一言に、飛び上がって驚く風斗。過剰ともいえるその反応に、友梨佳は微笑む。
「そう、今日は私の当番なの」
夕飯当番。それはこの大人数が、ともに暮らす上で取り決めたルールの一つである。もちろんそれに含まれている友梨佳は、今日は夕食を作る予定であるのだ。そしてそう、それこそが多忙な男たちが、仕事を早く切り上げてでも、待ち望んでいた特大イベントというわけである。
「わ、やった! おれ、女子の手作りとかはじめて!」
友梨佳の返答に、今日が彼女の当番だと唯一知らなかった風斗は胸の前でこぶしを握り、跳ねるように喜んで見せる。そんな素直な様子を、年上の男たち四人は、生暖かく見つめており、「だから、見ないでください!」と風斗は顔を赤くさせた。
「じゃあ、ぼくリクエストあるよ~」
そんな時、天川がふと、その病的に長い腕を上へと持ち上げる。
「は? 天川ァ、なんでお前のリクエストなんだよ! 友梨佳さん、オレはっ、」
「ハンバーグ! 手ごねがいい~!」
天川が間延びした声で発したリクエストの品。それには、男へと突っかかっていた陽も停止する。
「こ、こいつ……!」
さすが、好きという思いを共有しているだけあって、わかっているな……という気持ちで、天川に視線を送る男たち。けれど、風斗は無邪気に微笑む。
「わぁ、おれ、ハンバーグ大好き!」
「子どもだな、お前……」
「……俺もハンバーグは好きだ」
「あ、大智さんもそういう性格だよね」
しかしながら、そのリクエストの真の意味には気づいていない様子の、風斗と大智だ。呆れたような視線を送られ、「え、なに? なんですか?」風斗は首を傾げた。
「ハンバーグね、いいよ。ちょうど材料もあるみたいだから」
男たちのリクエストに頷き、エプロンを結ぶ友梨佳。それを見た男たちは、我さきにというように、キッチンへと集まっていく。
「手伝うよ、友梨佳ちゃん。万が一、きれいな指を傷つけたら、危ないから、包丁を使う作業は任せてね」
「食器洗いは俺がするか」
「ぼくが炒め担当~!」
当番の日だというのに、結局五人の男たちに群がられ、自身のする作業がなくなっていく、友梨佳。いつも通りの風景だ。
「みんな、仕事で疲れてるのに、ありがとう。どれくらい作ろうか、みんなたくさん食べる?」
「もちろん、友梨佳ちゃんの手料理なら」
「友梨佳サンッ、オレ、十個は食べる!」
勢いよく頷く男たちに、友梨佳は微笑む。
「じゃあ、大きいボールが必要だね」
そういいながら友梨佳がこの家で一番大きなボールを取り出せば、その中に次々と投入される、ひき肉と、飴色に炒められた玉ねぎ、卵といった材料たち。その光景は、歌を歌って集まった動物たちが、料理を手伝ってくれるアニメのようである。
「じゃあ、あとは友梨佳さまに~」
ボンっと巨大な肉の塊が投入されたボールを目の前にして、「よし頑張ろう!」と友梨佳は袖を捲った。
「あ、友梨佳さんの手ごねって……」
そこで風斗は、恋人たちが先ほど言っていた【真の目的】にようやく気づき、顔を赤らめる。
そう、非常に単純な男たちの下心。それは、友梨佳がより多く触れた料理を食べたいということであったのだ。そんなもの……と、他人から呆れられてしまうことかもしれないが、これは、普段、友梨佳に触れることが許されないルールによって縛られている男たちの、壮大なロマンなわけなのである。
そして、その大きなボールに入った肉の塊に落とされる友梨佳の手のひら。なぜひき肉をただ捏ねているだけなのに、夜のそれを思わせるのだろうかと考えながら、男たちはそれを無言で見つめている。
「この量、一人だと大変かも。一緒に、こねるの手伝ってくれる人?」
そんな時、ふと友梨佳は男たちへそう尋ねる。
もちろん、友梨佳の近くでその光景を眺めていた恋人たちだ。顔を見合わせ、我さきにというように一斉に挙手をした。
「友梨佳の手に触れてしまう可能性があるなら、性行為当番の者が手伝うべきか?」
「そうだよね。今週の、夜当番の人、百万あげるから変わってくれる?」
「瑞希、お前が言うとリアルすぎんだよ!」
わいわいと激しい討論を繰り返す男たち。けれど、鶴の一声は鳴り響いた。
「手伝って貰うだけなんだから、ルールとか関係ないよ。もしみんなが手伝ってくれるなら順番にしようか?」
彼女の提案に、瞳にハートを浮かべて蕩けた表情をする五人の男。『だから友梨佳さん、だいすき』という思いを込めて、強く頷く。
「これは、なんだかいろんな意味で楽しいね」
「こういうプレイもありかも~」
「おいしくなぁれ、おいしくなぁれ、こうか?」
「あっ、友梨佳サンの指、きもちっ、ちょっとまって、鼻血出てきた!」
「友梨佳さんの手のひらが、おれの上にっ……」
順番に、友梨佳と一緒に仲良くハンバーグの種をこねることができた、恋人たち五人。世界で一番幸せな想いで、夕飯の準備を終えるのだった。
そして夕食時、「今日、手伝ってくれたお礼」と称して、ハンバーグのひと口を友梨佳から、食べさせてもらう体験までできてしまい、その喜びに彼らは同じような表情で身悶えたのだった。
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