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3.
そしてその日がやって来た。私は約束した通り、ドーナッツショップの一番奥のカウンターで彼女を待っていた。ホットカフェオレが入ったマグカップに触れながら、ふぅと息をついたとき、
「お待たせしました」
彼女がやってきた。
椅子を半回転させ、アイスコーヒーを手にした彼女を見る。すると案の定彼女は、「え?」と、頭の上に疑問符を浮かべた。それもそのはずだろう。私は顔半分をすっぽり隠せるほどのマスクを見に着けているのだ。そのため彼女は、今日確かめるべきニキビの有無がわからないのだ。戸惑いの表情を浮かべたままの彼女に、私はこう言った。
「ニキビが全部治っていたら、あなたは彼に事実を伝えるのよね」
「は、はい……」
「それで彼に拒否されたら。あなたはちゃんと諦められる?」
彼女は私の問いには答えずに、何かに引っ張られるようにして下を向いた。するとツヤツヤとした唇がふるふると震えだし、私の問いを否定した。
「それならきっと、逆の質問をしても同じよね?」
「はい。あなたのニキビが治っていなくても、私はいつか、彼に本当のことを言う。その時拒絶されたとしても、それでも私は……」
「きっと彼を、諦められない」
「はい」
「だったら、どうするべきかはもう、わかってるんじゃないの?」
「ええ、そうですね。あなたの、言う通りです」
「善は急げだと思いますよ。そのコーヒーは引き取りますから。もう、自分のしたいようにしちゃってください」
そう言って彼女の手から、アイスコーヒーを受け取る。すると、ふわっとした柑橘系の香水の香りが、私の身体を包み込んだ。
「ありがとうございます。私、あなたのことも大好きです」
「それはどうも」と応えると、彼女はぱっと身体を離し、手を振りながら颯爽と店を出ていった。彼女の背中が見えなくなった後で、私はマスクを外し、口元に広がる涼しさに目を閉じる。
そしてそっと右頬に触れる。そこには、治りかけのニキビがポツと、ほんの少し飛び出していた。
右頬のニキビの意味はなんだっただろうか。意味を調べてみようかと思ったが、まぁいいかと思い直す。
きっとこのニキビだって、そのうち消えてなくなるだろう。
その日の夜。私はいつものように、煌々と光るあの店へと歩を進めていた。
シュークリームとの約束を果たすために。そして、言いそびれたあの言葉を、彼に伝えるために。
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