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その夜、20時近くになり、玄関のチャイムが鳴った。私は、フライパンの火を消して、玄関の鍵を開ける。
「りっくん!」
「悠亜、会いたかった」
ドアを開けるなり、玄関でりっくんが抱きしめてくれる。りっくんの肩口に頬を預け、私もギュッとりっくんを抱きしめ返す。
しばらくして、腕を緩めたりっくんが言った。
「悠亜、何で家の中でもマスクしてるんだ?」
「い、今、お料理してたから」
ニキビを隠してるとは言えなくて、そうごまかした。
だけど……
「いいよ、そんなの。これじゃ、キスもできない」
そう言うと、りっくんは、サッと私のマスクを取ってしまった。
「あっ……」
私は慌ててあごを隠そうとするけれど、そんな不審な動きにりっくんが気付かないはずもなく……
「悠亜、どうした?」
私の手をそっと外したりっくんは、そこにある大きなニキビに目を止めた。
「ああ、これを気にしてたのか」
りっくんは一瞬、眉を潜めた。
やっぱり、こんな大きなニキビ、汚い感じがして嫌だよね。
私が、しょんぼりとうなだれると、りっくんが言った。
「こうなると、マスクが擦れても痛いんじゃないか?」
りっくんが心配そうに頭を撫でてくれる。
「言ってくれたら、ちゃんと薬持ってきてやったのに」
りっくんの職業は、薬剤師さん。地元の県立病院前の調剤薬局で働いている。
「よし! 明日、一緒に薬局に行こう。俺がいろいろ選んでやる」
そう言うと、りっくんは私のあご下に指を掛け、くいっと持ち上げると、ちゅっと触れるだけのキスを落とした。
りっくんが、たかがニキビで変わるような人じゃないって分かってたけど、今、その優しさを実感して心の底から幸せな気分になる。
その夜、私たちは、2人仲良く食事をして、2人仲良く2ヶ月分の思いの深さを確かめ合った。
翌日、りっくんは、薬からスキンケア用品まで選んでくれて、帰宅後、洗顔の仕方まで教えてくれた。殺菌効果のある洗顔料で1日何回も洗っちゃダメなことも、初めて知った。
日曜の夜にりっくんは帰って行ったけれど、私はりっくんに教わった通り、薬を塗り、美肌のための薬を飲み、正しく洗顔して丁寧にスキンケアをするようになった。
保育士という仕事柄、子供との外遊びは欠かせない。いつも忙しさにかまけて、日焼け止めすら適当に塗ったり、塗らなかったりだったけれど、毎朝きっちり、りっくんが選んでくれた日焼け止めを塗るようにした。
もちろん、その分、クレンジングも丁寧にする。
マスクニキビには、不織布の使い捨てマスクよりガーゼがいいと言われて、頑張ってマスクも手作りした。
幸い、ニキビは綺麗に治り、後も残らなかった。それもこれも、全部りっくんのおかげかな。
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