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もしかして、みえてる?
最近、おかしなものが見えるようになった。40歳になって流石に幽霊を信じているなんて事はないが、見間違えとは思えない。ひたすらに不気味だ。
ほら、また見える。
視界の隅にチラチラと黒い影が見え、目の前の書類と重なるように机を透過して現れた半透明の何かが蠢く。半透明の何かの内臓が荒い呼吸のタイミングに合わせて上下に揺れ動いている。
「森久くん!何をぼさっとしとるんだね?」
上司にそう言われ、我に帰る。慌てて何かから目を逸らして上司の方を見ると、上司の背中にいるモヤがこちらを凝視していた。
「ひっ」
思わず声を漏らしてしまい、しまったと思ったが、上司はその声をサボりがバレたことに怯んだのだと勘違いしたようではぁと溜め息を吐いた。
「森久くん、最近成績も落ちてるし上の空の時が多いように思うが、一体どうしてしまったんだ。これ以上こんな様子が続くようであれば、降格されてしまうぞ。」
「す、すみません…」
上司は再び溜め息を吐くと僕を一瞥してから踵を返して行ってしまった。その背中のモヤは扉の向こうへ上司と共に消えてもなお僕を見つめている。
◇
「ただいまー」
白いヒルのようなものが一面に貼り付いている扉を開くと、同い年なのに若々しく、高い位置で長い髪を一つに束ねている共働きの妻が出迎えてくれる。
「お帰りなさい、奏斗」
暖かい言葉と柔らかい笑顔を受けて、すっかり疲れはどこかへ吹き飛んでしまった。
妻のエプロン姿を見て、新婚の時に「ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも……」というセリフを妻が恥ずかしそうに上目遣いで言っていたのを思い出して、口元が緩む。
「子供はもう寝たみたいだし、久しぶりに二人だけでご飯でも食べながらお話ししない?」
「ああ、そうしよう。もうお腹ペコペコだ!」
妻が料理を温め直している間に素早く部屋着に着替え、シャツやスーツを洗い物の籠に出す。
おかしなものは家の中では現れたことがないし、家族にひっついているのも見たことがない。僕は環境の違いからおかしなものがいないのだろうと思ったが、同僚の家に行った時には沢山のおかしなものが住み着いていたし、その後他の家にも行ったが数に差はあれどおかしなものはどの家にも住み着いていた。この違いが分からない。
「奏斗~?料理温めたわよ~?」
ハッと我に帰り、急いで食卓の自分の席に座ると、温かい湯気が出ているカレーライスが美味しそうにお皿に盛り付けて置いてある。妻に感謝しながらカレーライスを掬って口に含んだ。食材の旨みとほんのりとした辛さが絶妙に相性よく、僕は幸せを噛み締めた。
「奏斗、無理してない?最近顔色が悪いし、ぼうっとしているじゃない。」
心配そうに言う妻が僕を見つめる。思わずモヤの視線を思い出してぶるりと身震いしてしまう。
「いや、何も無いさ。そんなことより、娘は、妃奈は高校どうだって?自分の行きたかった高校に入れたんだろう?」
強引に話題を変えると妻は不安そうな視線をこちらに向けながらも、妃奈の事を喋り始めた。妃奈はその陽気な性格から友達を沢山つくって勉強も頑張り、充実した高校ライフを楽しんでいるらしい。
その事に安堵してカレーライスを再び掬い口に頬張った。
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