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いただきます
「おいパパ……ジジィ!そこ退けよ!」
突然愛娘から放たれた一言。意味を理解できず放心していると、娘はそわそわと体を揺らし僕を睨み付けてきた。その眉間に皺の寄せられた表情から向けられる鋭い視線に僕は思わず怯んで、慌てて座っていたソファから退いた。
僕の様子に驚いたように目を見開いた娘は、少し眉を下げ戸惑いつつもソファに座り、リモコンでテレビのチャンネルを変えた。
……どうして?
出てくるのは疑問符ばかり。僕が何か悪いことをしたのか?僕はなにもしてない!ならどうして妃奈は僕に怒鳴ったりしたんだ?!
ふと娘に視線を戻すと……
「っ!」
娘の頭からゲル状の宝石がはみ出して、輝いていた。僕を、じっと見つめている。
情けないことに、僕はその場から逃げだした。
◇
「う"っ…」
便器に吐こうとすると、便器の中に張った水の中で鯨の瞳がぎょろぎょろと忙しく動いていた。吐き気が口に登ってきて、耐えきれずに瞳の上にぶちまける。
便座と便器の隙間から湿った苔のような臭いがして、クレヨンで描いたみたいな黒い手が僕の腕を掴んだ。
「うあああああああああ!!」
吐いた胃液で喉がいがいがして声が掠れる。ドブのような味が喉と舌を支配して、臭いが頭を貫く。
「ぅう"お"お"え"えええ"えぇぇえ"ぇ"ぇ」
何も残っていない胃に微かに残った胃液を盛大にぶちまける。
視界がふっと狭くなって、僕は意識を手放した。
◇◇
僕はダメな人間なんだ。
仕事もできなければ愛娘を大切にすることもできない、阿呆だ。
妻の美世には迷惑ばかりかけていて、同じ仕事なのに美世の方が稼いでいる。
僕って、生きてる意味ある?
娘には嫌われて妻の重荷になって、僕がいない方が家族の為になるんじゃないか?
……しにたい
もう、しんでしまいたい
『死ぬなんて、駄目だ!』
甲高い若い青年の声が響く。果て無き闇の向こうからぼんやりとした半透明の青年が顔をちらりと覗かせる。青年は切れ長の目で僕を視認すると、そっとこちらに近づいてきた。
『死ぬくらいなら、俺と代われよ!』
その青年の言葉の意味が飲み込めず、きょとんと青年の顔を見ていると青年は少し説明不足だったかと思い直したようでこほんと咳払いをすると分かりやすく話してくれた。
『あんたは視える人なんだよ。人のマイナスな気持ちを敏感に察知して寄ってくるあいつらを、そして、俺を視ることができる人間なんだよ。そんなあんただからこそ俺はあんたと波長が合って、こうやって頭ん中で話せるわけさ。
ってことで、俺が代わりにあんたの体で生きてやるから、その体よこせ』
真剣な顔でそう言う青年に、こんなに生きる事に燃えている彼と無力で役立たずの僕とを一瞬天秤にかけようとしたことを心の中で謝る。
比べるまでもない、彼の方がいいに决まってる。
「あなたにあげます」
僕は彼にそっと微笑むと、ゆっくりと意識を手放した。
『それじゃ、遠慮なくいただきます』
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