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●・きえゆくもの・●
「君、具合はもう大丈夫なのかね?」
「はい、すっかり元気です!」
初老の男の言葉に熱意ある口調で答えたのは、40歳にしてはやや活力のありすぎる男だ。男はきらきらと希望に燃える瞳を輝かせ、顔には若々しい笑みを広げている。
初老の男はそれに作り笑いを返すと、彼の元を去った。
◇
「あなた、今日は早かったわね」
「ただいまー!今日は残業無かったからね。さてと、今日のご飯は何かなぁ」
楽しみであるということを声に滲ませた男は、出迎えてくれた女に笑顔を見せると、少女を呼んだ。
「妃奈ちゃん!今日は学校どうだった?」
少女は冷めた目で彼を一瞥すると、「別に」と短く返した。
その素っ気ない態度に少しへこんだ彼だが、机の上の料理が目に留まると、ぱあっと顔を輝かせた。
「ありがとう、美世!スッゴい美味しそうなカレーライスだね!」
そう言って食卓の席に座ってカレーライスを掬おうとした男を、女が制す。
「待って頂戴」
女のいつもより低い声に驚いた彼は持っていたスプーンをカシャンと皿の上に置き、酷く焦った様子で女の方を見た。
「ど、どうしたのさ?」
すると女は、男をキッと睨んで怒りに震える声を放った。
「私の名前を呼んで、私の食事を食べて、娘の学校の事を聞いていいのは、うちの主人だけです。
奏斗を返して」
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