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真夜中の帰宅に人目も少なくて気にも留めなかったけれど、纏めていたはずの髪はボサバサと落ち、終電間際で時間も無かったとはいえ化粧も直していない顔。
――ちょっと待て、自分。こんなヒドイ格好を数週間ぶりに会う彼氏に見せていたのか。
「ちょ、っと、ゴメン」
先立って奥のリビングに向かっていた各務くんを廊下に残し、ソッコーでバスルームへ飛び込んだ。
「千鶴さん?」
ドアの前から不思議そうな各務くんの声。
「疲れたから、お風呂入っちゃう」
ボロボロの顔はもう見られたくないので、念には念を入れて、ドアを開けられないように手で押さえてしまった。
「そうかなって思って、お風呂沸かしておいたよ。上がって来たら何か食べる?」
その声がどこか楽しそうに、フフっと笑っている。
「……ビール、飲みたい……デス」
「はぁい。じゃ、何かつまみ作っておくよ」
――イヤ、もう、各務くんは出来過ぎた彼氏です。
足音が遠くに行き、洗面台の鏡と再び対峙する。
「ホントに、私なんかのどこが良かったの」
いつでも不安になる。年下の彼は数年前、学生バイトとして店に来た。人当たりが良いニコニコと人懐っこい笑顔で、バイト仲間だけでなくお客様にまでファンが居た。
そんな彼の就職が決まり店を去る日。思いがけない告白を受け、戸惑いの中「何で?」を繰り返してしまった私に、とびっきりの笑顔で言った。
『今から好きな所言いますけど、全部聞いてくれますか』
とてもじゃないけど心臓が持たないとそれを全力で拒否した私に、「じゃぁ、身をもって知っていってくださいね」と流れのままにお付き合いが始まってしまった。
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