父さんはいつだって正しかった

1/9

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 もう何度目になるか分からない女優オーディションの落選結果を目の当たりにした時、もはや、悔しさすら湧きおこらなかった。 「はは……」  心のどこかでは『またどうせ落ちるに決まっている』と思っていたし、それが現実になっただけ。悲しいとも、辛いとも思わない。あるのはただ、茫漠とした砂漠みたいに圧倒的な虚無感。  六畳一間のアパートの一室。  無慈悲な落選結果をうつしだすパソコンの隣に置かれた鏡。その中に映ったあたしの肌は、とうに張りを失って染みが浮かんでいる。栗色に染めた髪には艶がなく、どこかくたびれたように見える。  年齢的に、もう若いとは言えない。  今年で三十二歳になる。それはそうだ。あの日、女優になるという夢を追いかけて東京に出てきてから、もう十四年の月日が経つのだから。  十八歳のあの頃は、本気で努力をすれば、どんな夢だって叶えられると馬鹿みたいに信じていた。  だけど。    大人になってしまったあたしには、当時の自分の眩しいほどのひたむきさが、時々、憎らしく思える。  だってそのせいで、こんな良い歳になっても、結婚もしていない、定職にも就いていない、おまけにまともに夢も叶えられていない惨めな女ができあがってしまったから。  十四年間も頑張ってきて、女優としての仕事は数えるほどしかもらえていない。それも、バラエティ番組の再現VTRの鬼嫁役とかそんなんばっかり。嫌気がさす。  やっぱり、あたしは、人生を間違えたのだろうか。 『女優になるだなんて馬鹿げた夢は見るな! 大体、スターになる才能があったら、とっくにスカウトされているだろう。それに、あの仕事の表面上の華やかさしか見えていないお前なんかには、想像もつかないほど途方もない壮絶な荊の道だ。私は断固として反対する、絶対に許さないからな!』  寡黙だった父さんが、当時のあたしが実家を飛び出そうとしたあの日ばかりは、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしたのを昨日のことのように思い出せる。  それでもあたしは、鬼の形相をしていた父に真っ向から歯向かって、そのまま田舎の実家を飛び出してきたけれど。  やっぱり、父さんの言っていたことが真理だったのだろうか。父さんは、いつだって、正しかったから。  近頃は鉛を飲みこんだように鬱屈とした気持ちを抱えながら、うつむきがちにコンビニへバイトに赴いている。  そんな、ある日のことだった。  父が交通事故で死んだという知らせを受けとったのは。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加