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翌朝。
リビングダイニングに赴くと、まだ、母さんしか起きていなかった。
十数年ぶりに母さんの作ってくれた味噌汁をすすった。胃にしみわたるようなやさしい味わいに、懐かしさで鼻がつんとした。
「ねえ、母さん」
「うん?」
目の前に腰かけた母さんの顔を、じっと見つめる。
やっぱり、随分としわが増えた。
当たり前か。十四年ぶりの再会なんだから。
「あたしね……今でもまだ、コンビニでバイトをしながら、女優として大成する夢を追ってオーディションを受け続けているの」
母さんは、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせている。
「それでも、あたしは女優を目指し続ける。誰になんて言われても」
だって、それがあたしの生き方だから。
父さんに連れられた舞台で、あのきらびやかな世界に一瞬にして魂を奪われたあの日から。大人になった今は、女優の世界が華やかなだけではないことも、もちろん分かっているけれど。最悪、生きている間に手が届かない可能性すらあることも。
それでもあたしは、自分の意志で、この茨の道を選んだから。
結婚をしている人生も、子供を産んでいる人生も、定職に就いている人生も、きっと悪くない。
でも、そのどれもあたしにとってはしっくりこなかったから、十四年間、辛くても苦しくても愚直に女優として大成する夢を目指してきたんだ。
そのことを思い出させてくれたのは、他でもない、いつでも正しかった父さんだった。
母さんは、あたしを見つめ返しながら、朗らかに笑った。
「そう。あなたはやっぱり、父さんが見込んだ子ね」
【完】
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