父さんはいつだって正しかった

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 喪服に身を包み、実家へと向かう新幹線の中、不安で膝の上にのせた手が震えていた。  故郷に帰るのは十四年ぶりだ、なにせ正月と盆休みにすら帰省していない不良ぶり。緊張するなという方が難しい。  でも、仕方ないじゃないか。  あたしは、あの品行方正な家の異端児だったから。  亡くなった父は生真面目な銀行員、母は元銀行勤めの現在専業主婦。五つ年上の兄の勇也(ゆうや)は公務員、三つ年上の姉の(しおり)は教師。兄も姉もそれぞれ二十代のうちに結婚していて、子供がいる。  あの家の人たちはみんな、真面目で、誠実で、まともで。誰からも尊敬されるような生き方をしていた。  その筆頭が、父さんだった。父さんは、寡黙で、厳しくて、休日は部屋に引きこもっていることが多かった。彼の書斎は、難しそうな本で溢れていた記憶がある。いつも唇を引きむすんで読書していた。  あたし以外の家族全員が、誰も文句のつけようのない真っ当な人生を送っていた。  女優に憧れたあたしには、あの家の正しさが、たまらなく息苦しかった。  幼い頃、一度だけ父に連れていってもらったきらびやかな舞台の世界。一瞬でその虜になったあたしは、なんとしてでもあの舞台の上に立ちたいと強く願った。  だけど、あの堅実の権化のような父さんが、そんな浮ついた夢を認めてくれるはずがなかったのだ。  結果として、あたしは、父さんとほとんど縁を切るような形で家を飛び出すことになった。  
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