父さんはいつだって正しかった

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 父さんの通夜と葬式は、想像以上にあっさりと終わった。周囲がみな鼻水を啜ってむせび泣いている中、あたし一人が、涙の一つも流していなかった。  いざ十数年ぶりに実の家族に顔を合わせた時には恐怖で足が竦みそうだったけど、母さんも、兄さんも、姉さんも、一言もあたしを責めなかった。 「おかえり、(のぞみ)。ずいぶんと久しぶりね」  姉は、あたしの姪にあたる女の子と手をつなぎながら、たおやかに微笑みかけてきた。もちろん年相応に老けたものの、上品に歳を重ねているように思えて胸の奥がぎゅっと掴まれたように痛くなった。  久しぶり、と言葉を返そうとした瞬間、傍に立っていたおばさんがあたしに向かって声をかけてきた。 「あらぁ、希ちゃん? 随分と大きくなったのねぇ。元気にやってる?」 「あっ……はい」  実家の近所に住んでいるおばさんだ。あたしのことも覚えていてくれたらしい。 「たしか東京で暮らしているんだっけ。最近は何をしているの?」  何気ない問いかけが、鋭い弓となって胸を貫く。喉を締め付けられたようになって、言葉がうまく出てこない。 「ええと……その……。コンビニ、で……」  焦るほど頭が朦朧とし、顔がカアアッと熱くなっていく。目の前のおばさんの顔が、意地悪く歪んでいく。 「コンビニ……?」 「……っ。ごめん、なさい。気持ち悪くて……お手洗いに、いってきます」 『良い歳して、まだ、女優の夢を諦めきれていないなんて。もう若いとも言えないのに。かわいそうな子』  想像の中の鬼のような顔をしたおばさんが、甲高い声で笑っている。  よろけるような足取りで、その場を逃げ出した。  
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