父さんはいつだって正しかった

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「おええっっ……」  気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。  トイレに顔をつっこむと、胃が悲鳴をあげながらその中身を逆流させていった。口いっぱいに、酸っぱくてしんどい味が充満する。 「希! ねえ、大丈夫!? ここをあけて!!」  切羽詰まった姉の声が戸の向こう側から響いた瞬間、背筋にぞわりと鳥肌がたった。 「いやっっ。来ないで!」  真面目で、堅実な道を歩んでいて、いつだって正しい。あたしとは、正反対の人生を歩んでる家族たち。 「だから、だから、帰ってきたくなかったんだっ」  教師になるという昔からの夢をきちんと叶えた挙句、愛する旦那さんと娘さんのいる姉には、あたしの気持ちなんて分かるはずがない。 「いつもいつもやさしい顔をしてるけど、陰ではあたしのことを馬鹿にしてるんでしょ! お姉ちゃん見てると、お父さんを思い出して吐き気がするっ」  あたしの汚くて、醜くて、痛い部分が、言葉となって口の中から飛び出していくのを止められない。手を差し伸べようとしてくれているやさしい姉に対する態度がこれなんて最悪だ。どこまで惨めになれば気が済むんだろう。 「ねえ、希。わたしはね、わたしたち兄妹の中でお父さんが一番気にかけていたのは、あなたなんじゃないかって思うわ」  耳を疑った。  姉は、だだをこねる子供をあやすような口調で、やさしく言った。 「ねえ、お願いだからここを開けて。ねえ、希ってば。あなたに渡さなきゃいけないものがあるのよ」  
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