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京浜線のざわめきは慣れている筈だが、疲れがピークに達しそうだ。
吊革に掴まり目を閉じた。
「まだ30代前半なんだ。 疲れを感じるなんて!」
ぼやきに近い言葉を目を閉じながら大次は吐き出した。
常勤より勤務体制が2交代の方が給料は高い為、希望勤務体制に自ら志願した。
一流大手企業の会社に高卒ではあったが、入社試験で大学生と混ざった中で、成績はトップであった。
理科系が人より優っていた。
得意なのが功を労した様だ。
得意な分野の大学に進む道もあったであろう。
県内で名高い進学校での高校の成績は、三年間学年で三番以内であった。
担任の先生が、国や県及び市の育英資金を利用しての大学を進めてきた。
確かに無利子で利用するくらいの高校の3年間の成績は該当になっていた。
出来るなら大学進学をしたかった。
しかし、その頃の親は離婚を余儀なくされ、母親に三人の子ども達が引き取られた。
三ケ所の仕事を掛け持ちしている母、和子。
子ども達は和子の心身に負担掛けるわけにはいか無いと常に思っていた。
そんなの矢先、和子は過労で倒れた事で、精密検査をしたときに心臓弁膜症が見つかった。
これ迄、今まで和子一人の働きで生活をしていたことが、三人の路頭に迷う事は目に見えていた。
大次は高校三年の夏から近くのガソリンスタンドのバイトをすることが授業料の支払いのたしになっていた。
妹、光もファミリーレストランで、週の四回をバイトする事になった。
長男、太一は時間差で週の四回を三件の家庭教師となり、生活と入院費の収入源となっていた。
太一は有名私立大学法学部四年次の来春には卒業である
光は高校に入学した一年生である。
そんな状態に進学をしたいなど言える訳が無い。
唯一、父親が駅からバスで20分の所に、一軒家を建てていた。
離婚の原因は後で分かったことだが、父には七年も続いてる女性がいた。
大手企業で働いていた父との部下の女性である。
しかも、二人の間には五才の娘がいた事が分かっての事だった。
まだ、住宅ローンの残高がある中での事である。
当然、家庭裁判所での調停となった際の法律に基づき、養育費と家のローンの支払いとする事で離婚が成立したと、和子は教えてくれた。
その為、和子の名義変更をしてくれた事で宿無しの生活を免れた。
今となっては成人して働くようになって父親の有り難さを知った。
学歴のない男が、関東エリアに一軒家を建てるなどサラリーマンとして、夢で見るしか無い事を思うと、今の自分には土地建物が在ると言うことは幸運であった。
人は太一と大次は瓜二つでイケメンと言う。
自分では全く思っていない。
和子は父親似だと言うが•••複雑である。
光は丸顔で愛嬌ある笑顔が母親似だと、近所の人達に可愛がられていた。
離婚する時、両親のどちらかの苗字を名乗りたいかと父親に聞かれた。
和子と一緒に住むには和子の苗字にした方が良いと兄弟と妹は同じ想いで太一からその様に伝えた。
その時の父親の寂しそうな顔は今でも覚えている。
両親は恋愛結婚で在ったという。
生まれてくる名前を父親が名付けた。
大次。
高校時代の時の身の回りが、今までと違うことを痛切に今となっても、悲しすぎる思い出である。
父親はボストンバッグ二つを両手に持ち、我が家を振り返ることもなく去って行った。
香取大次達の新たな道を歩むこととなった。
名前負けしそうで、気が引ける時も何度かあった。
逞しい男のイメージ的要素は無いに等しい。
草食系とまではいかないにしてもごく普通の男である。
駅に着いて、バスに乗り換えようやく自宅の門灯が淡いオレンジ色で、温かく向かえているように見えた。
おそらくチャイムを押すと、三歳の長女、と愛する身ごものエリカがテレビ電話に写っているであろう。
エリカは妊娠八ヶ月である。
つわりがまだ続く様で、体調が悪いと寝室からなかなか出てこない事が多かった。
しかし、大次が帰宅する頃には極力出迎えたいと思っているようだ。
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