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１
真っ暗な闇の中で、ゆらり、影が動く。
狭い空間に人がぎゅうづめになって、酸欠で苦しい。それでも目の上にある明るく切り取られた四角い窓に向かって精一杯、腕をさしのばす。そこでは大きなヤギの人形が踊っていた。
なんでこんなことをやる羽目になったんだ。
ふとそんな想いが脳裏をかすめ、隣をちらりと見やると、僕にぴったり寄り添っていた春野七瀬が膝をつつく。
「本番中だよ。あとちょっとだから集中して」
耳元にやわらかく吐息がかかる。顔がかっと熱くなって、てのひらに汗がにじんだ。夢中で左手と右手を振りまわすと、すかさず七瀬が声を張り上げ台詞を言う。遠くまで良く通る、はっきりとした綺麗な声で。
その声に応えるように頭上で別なヤギ人形が登場し、僕は動かしていた人形を暗幕の端まで移動させた。
「高遠くん、もう出番ないから移動しよう」
七瀬がそう小声で声をかけてくる。僕らは無言で暗闇を這い、小ホール戸口から廊下へ転げ出た。
「お疲れさま。人形劇の人形って、ずっと掲げてるとけっこう腕にくるよね。手伝ってくれてありがとう」
暗幕の中とは五度くらい体感がちがう、新鮮な空気を胸一杯吸いこんでいると、七瀬が緑茶のペットボトルをさし出してくる。
「ふー、あっつ」
開け放たれた保育園の窓から、初夏の風が吹きこんでいた。その風が七瀬のきゅっと結い上げたポニーテールを揺すり、僕は一瞬見えた白いうなじにどきりとした。
「ああ良かった、高遠くんが来てくれて。一時はどうなることかと思ったけど」
こちらの思いなんか知るよしもなく、無邪気な顔で七瀬が笑う。その笑顔が妙にまぶしくて、慌ててペットボトルに口をつけてお茶を喉に流しこむ。
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