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「僕はべつに秀才じゃないし。それにサッカーは中等科までで辞めたんだ」
「ええ、なんで。もったいない」
「部活が嫌になったわけじゃない。勉強して、なるべくいい大学へ進学してから稼業を継げって、親父がうるさくてさ」
本当はもっと別に理由があったのだけれど、僕はあたりさわりないほうの理由だけを口にしておく。
高遠の家はもともと武家の血筋だ。現在は不動産業と宝飾を扱う会社をやっていて、曾祖父と祖父は政界の人間だった。店のほうは東京の一等地にあるけっこうな老舗だから、名前を告げると知っている年配の人も多い。
「ああ、高遠くんって初等科からだもんね。初等科の人たちっていいお家柄の人が多いよね。女子部にもいるよ、お嬢様な人たちが」
そっかぁ、なんかいいねぇ、と七瀬はころころ笑う。いいのかどうかわからないけどな、と僕はそのあっけらかんとした明るさにつられて苦笑いした。
こちとら将来を親に決められ、物心つく前からいろいろ仕込まれている。由緒正しい家に生まれるってのは実際にはかなり窮屈だ。
ただ未来が一本道である以上、いろいろ迷う余地がないのはいいことなのかもしれない。
「私も部活は中学までで辞めたんだ。やっぱり真面目にやろうとすると、運動部ってけっこう時間縛られるもんねー」
その時はそう言って無邪気に七瀬が笑うから、しかたなく曖昧に愛想笑いをしたのだけれど――この時僕はまだ、その笑顔の裏側に秘められた想いにはまったく気づいていなかったのだった。
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