1/7
前へ
/180ページ
次へ

翌週の放課後、下駄箱で一緒になった結城とたわいもない話をしていると、息せき切って走ってくる男がいた。たしか中西。結城と同じクラスの奴だ。 丸っこく太ったそいつが、校門で結城を待ち伏せしている女子がいるという。女子部のセーラー服を着たポニーテールで、けっこう美人。それが『結城蒼介を呼んで欲しい』と言ったとか。 また告白かよ、いいかげんにしろよこの色男、と中西がぶつくさ文句を言いつつ去って行くので、僕は結城(ゆうき)に宣言してやった。 「やっぱ今日は、おまえと帰るのやめとくわ」 「ええ、なんでだよ」 結城はひどく不服そうにうめく。 よく格好(かっこう)いいだのモデルみたいだのと冷やかされているが、こいつも一皮むけばただの高校二年の男子なことを僕は知っている。 たしかに結城の顔は芸能人みたいだが、引き締まった体つきは走りこんで鍛えた努力の結果だし、身長が180台半ばでもプロ選手と比較すれば中の中だろう。 相手が形の良い唇をとがらすのを見て、僕は肩をすくめてみせた。 「だって、その女子に悪いだろ」 根拠はなかったが、そのポニーテールは七瀬なんじゃないかとなんとなく思った。ところが勘の悪い結城はなかなか引き下がらない。 「悪くねえよ。俺は見ず知らずの女のために、時間を使いたくない。なあ高遠、おまえやっぱりサッカー戻れって。今年は本当に強いチームができそうなんだよ」 「だーから。その話はもう何度も断ったって言ってるだろ?」 (さわ)ぎながら校門まで歩いていくと、レンガ塀脇からこちらを伺っている女子と目が合う。 はたしてそれは春野七瀬だった。 「あっ、来た来た、高遠(たかとう)くん! こっちこっち」 手をひらひらさせて、七瀬がこちらを招く。一瞬わけがわからなかった。――僕か? 「結城じゃなくて、僕に用?」 七瀬はこくりとうなずく。僕は眉をひそめる。なんで。 「あのね、高遠くん、人形劇手伝ってくれたでしょ。だからお礼にクッキー焼いてきたんだ、はいどうぞっ」 さしだされた包み紙は丁寧にラッピングされていて、よく考える暇もなく広げた手元に落ちてきた。 鼻の奥をくすぐるバターの香り。 ラッピング用紙の透明窓からのぞけば、ボール型のナッツクッキーが八つほど入っている。 「わー。なかなか緊張するね、こういうの。ちょっとバレンタインデーみたーい」 ほっとしたのか、まるで面接が終わった受験生みたいな顔で七瀬(ななせ)は笑った。
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加