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カレーライス1-3
父親が帰ってきたのは夕方5時を回る頃だった。
『ただいまぁ。』
『お帰りなさい。遅かったわね。』
『ああ、ちょっと仕事が立て込んでな。やっと落ち着いて帰ってきた。』
『そう。大変だったのね。』
玄関先で母親の百合子と父親のそんなやりとりが聞こえたあと、
『どうも、はじめまして、遅くなってしまい申し訳ない。父親の健一です。』
『いえ、全然大丈夫です!斎藤理奈と申します。』りなは慌てて立ち上がって頭を下げる。
その時、
『あなた、ご飯は?お腹すいてるんじゃない。』と百合子が健一に尋ねる。
『ああ、ぺこぺこだよ。』
『じゃあ、いつもので良い?』
『うん。たっぷり作ってくれよ。』
そんな会話のあと
『そうだ、よかったら卓巳と理奈さんも一緒に食べていかないか。なあ、いいだろう?』
健一が突然言い出し、百合子に尋ねる。
『もちろん。卓巳、時間は大丈夫なんでしょう。』
百合子が尋ね、卓巳は
『うん。これから特に予定もないし。』
母親に答えたあと
『じゃあ、食べていこうか。』
理奈に伺い、卓巳の言うとおりこの後予定もないため、理奈はうなずいた。
しばらくして、百合子が作る食事の香りがしてくる。
(この匂い、、)
思った通りメニューはカレーライスだった。
『カレーライス、夫の大好物なの。こんな簡単なもので申し訳ないけど、どうぞ召し上がれ。』
こうして食事が始まった。
カレーライスは、建築現場という体力のいる仕事をしている健一に合わせているのだろう、ピリッとした辛さがまず舌にくる、理奈が子供の頃実家で食べていたものとは全く違う味がしたが、その刺激的な味は、十分美味しく感じられた。
その理由は、理奈が既に辛さの美味しさの分かる大人になっていたこともある。
しかし、なにより食卓に流れる和やかな雰囲気が影響していただろう。
『やっぱり百合子の作るカレーライスはうまいなぁ。』妻の百合子の作ったカレーライスを絶賛する健一に
『そりゃあ、あなたのために大分研究したんだもの。』と百合子が得意そうに答えると
『そうだったな。新婚の頃、初めて作ってもらった普通のカレーライスにケチをつけて怒らせたこともあったな。』健一は頭をかく。
『子供の頃は、この辛い味が食べられなくて、別に作ってもらっていたけど、いつしかこの味が癖になるようになったんだよな。』
卓巳がはしみじみと言い、
『そうだな。』
『子供には辛すぎるものね。』
健一と百合子はうんうんと頷く。
思い出話をする三人はにこにこと、とても楽しそうだった。
『理奈の家でもカレーライスは食べただろう?』
卓巳に問われ
『うん。よく食べてた。家族みんな大好きだったよ。』
理奈の答えに
『やっぱりな。』
『そうよね。』
『そうだろうなぁ。』
卓巳と百合子と健一、三人がそろって頷く。
『カレーライスは家族の幸せの象徴だものね。』
カレーが嫌いだったり、あまり食べない人にとって反論もあるだろうが、
言葉通り幸せそうな笑顔の百合子のその言葉は
不思議と理奈の心に素直に入ってきたのだった。
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