星が降る前に

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「( ´ー`)...ふぅ」 ため息しかでないや。 イライラしながらレンタカーのサイトで、キャンピングカーを適当に選んでポチッとした。1カ月間のレンタル、金額はもう、どうでもいいので見なかった。 私の職場は、宇宙大好き人間が働きたい会社、常にベスト5に入る「日本宇宙研究開発センター」だ。東京の端っこにあるセンター内のオフィスに勤務、今は午前11時を回ったばかり。 就業時間中? いや、もういいのだ、全て。 車、今から取りに行こうかな。 私は椅子に深くもたれて、目をつむった。 「(*´Д`) はぁ~」 本当にため息しか出ない。身体に力が入らない。 「ん~。何、冴えない顔してるの? 小林さーん。もう、春だよ、春。もっと元気だしていこうよ。新人さんで、可愛い子も入ったし、暇ならいろいろ教えてあげてよー」 肩をポンポンと叩いてきたのは、私のいる部署の上司である木村主任だ。 応えるのも全てが面倒だった。目をつむったまま、パソコンの画面を指さした。 「木村さん、それ見て。笑えるから。ふぅ・・・」 画面を覗きこんだ木村さんの顔からは、すぐに笑いが消えて、ひきつっていく。痙攣でもはじめたかのように、ピクピクと小刻みに震えている。 「えーと、コレは本当? やらせ? どこかでカメラまわってたりする?」 「・・・・たぶん本当。さっき、EUの研究所にいる知り合いにも確認した」 木村さんは目を丸くして、瞳孔が開きに開いて、私に何かを問おうとするけれど、口をパクパク動かすだけで、声にならない。 しばらくして、足から床に崩れ落ちた。 「木村さんも向こうの研究者に連絡してみてよ、そろそろ、どこも気づいていると思うし」 「・・・・あ、あと2週間? 本当に落ちる?」 かすれたような小声ではあったが、今度は何とか聞き取れた。 「落ちます。直径は約30キロ、現在のシミュレーションだと東シナ海あたりっぽいね。アジア圏は一瞬で沈むね、これは」 木村さんは手にしたスマートフォンにいろいろと打ち込みながら、パソコンの画面を改めて見直している。 「なんとか軌道を変えられないかな。こうミサイルとかでさ」 「木村さん、SF映画の見過ぎー。うけるー。研究者がそんなこと言っててどうするんですか」 「いや、こう、何とかあがかないとさ。地球の為に・・」 「ん~。地球じゃなくて、人類のためでしょう?」 「いや、まぁ、そのあたりはどうでもいいけどさ。小林さんは、あれだね、何でそんなに落ち着いていられるわけ?」 木村さんの声のトーンは小さく、なんとか冷静さを保とうとしているが、身体は震えて、目は血走っている。 そして私はため息しか出ない。落ち着いているわけではないのだ。 「いえいえ、昨晩、寝てないし。いろいろ考えたけど、人類絶滅しかなさそうだし。もうあきらめるしかないですよ」 「あきらめちゃうんだ?」 「ええ、どうしようもない。無理です。それで、一応コレ、出しときますね、お願いします」 私は本日の早退届と明日からの有休届の紙を差し出した。 「・・・・・小林君はどうするの?」 木村主任は私が差し出した届出の用紙を一瞥して、引きつった笑みを浮かべると、そのまま、私の机の上に置いた。 「今週いっぱいぐらいは世間は知らないと思う。なので車に、いっぱい食糧とか詰め込んで、山に行きます」 「え? マジで」 「いや、ここにいてもね」 「だからって、山にいても助からんだろ?」 「ああ、そりゃあね。助かるとかじゃないですよ。ほら、東京で破壊や暴行の景色を見ながら死ぬのと、山から美しい景色を見ながら死ぬのは全く違うでしょ? そういうことです」 「・・・そうか、あ、コレ、今、誰にまで報告してある?」 「はぁ? 今、木村さんにしたの初めて」 「・・・そうか、え、俺、コレ、報告するの?」 私はうなずいて、木村さんの身体をポンポンと叩いた。上に報告するのは、主任である木村さんの仕事だ。残り少ない時間を、誰かとの不毛なやりとりに費やしたくはない。木村さんはブツブツ何か独り言ちながら、スマートフォンを片手に席を離れていく。 私はネクタイを緩めて、シャツの上のボタンを外した。 「ふぅ・・」 本当にため息しか出ない。けれど最後の2週間をそれなりに楽しもうというミッションがあった。 「よっと!」 身体はやたらと重かったけど、なんとか椅子から立ち上がる。 車の用意と食糧の買い出しに行かねばならない。なんだかんだで忙しいのだ。
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