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◇
放課後。紅は、憂鬱さを胸に抱えながら校舎裏へ向かった。そんな所へ呼び出したのは、クラスでも女子の人気の高いバスケ部の河原。どうして呼び出されたのかは大体、想像がつく。
「俺、入学して初めて見た時からお前のことが気になってたんだ。付き合わない?」
もう葉だけになった桜の木の下でそんな告白をされた紅は、口から大きな溜息が出そうになるのを堪えた。
見た目には爽やかで女子にも人気のあるこいつは自信満々で……だから、余計に面倒そうだ。
「ごめん。私、誰とも付き合う気はないから」
そう言って踵を返そうとする彼女の左肩を掴み、河原は食い下がる。
「どうしてだよ! 悪い話じゃないと思うぜ。俺とお前ならお似合いだって、周りも言ってるし」
あぁもう、うざい、うざい。だから私は、男と付き合う気なんてないんだ。
紅は思わずそう言いそうになるのをグッと堪えて、努めてオブラートに包んだ言い方をする。
「ごめんなさい。私、本当に誰とも付き合う気はないの。もし周りにお似合いだと言われてたとしても……別に、周りの期待通りにくっつかなくてもいいんじゃない?」
河原はぐうの音も出ない表情をして固まっていて……紅は左肩を掴んでいた彼の手をそっと振り払った。
「じゃあ……私、これからバイトがあるし、急がなきゃ。本当に、ごめんなさいね」
冷たくそう言い放って、彼女はさっさと踵を返して歩き出した。
高校に入ってから、これで何人目だろう? まだ一ヶ月少ししか経っていないのに、一体、私の何を見て告白しているんだろうか?
そんなことを考えて、紅は大きな溜息を吐いた。
周りの女子からよく言われた。「そんなに可愛くて羨ましい」とか、「モテていいなぁ」とか。でも、紅はそんなこと、嬉しくも何ともなかった。
寧ろ、中学時代なんてさっきみたいな告白を断ったのを逆恨みされたり、女子からのいじめの標的にされたりして何度も煩わしい想いをしてきた。
だから、高校に入ったら努めてぶっきら棒に振舞っていたのに。
(やっぱり、何も変わらないなぁ)
自分の容姿だけを見て告ってくる男子、それを断ることへの逆恨みや嫉妬……いつになっても変わらない状況に、紅はまた深く溜息を吐いた。
紅のバイト先は、商店街の中にある「ペットショップ アーサー」。中学校を卒業して間もなく、新装開店したのを見た時から、彼女は「ここでバイトしたい!」と思っていた。
彼女は昔……小学生の頃、ハムスターを飼っていた。八歳の誕生日プレゼントとして家に来たそのハムスターは、初めて動物を飼う彼女にとって分からないことだらけで。何か分からないことがあるとすぐに、近所のペットショップで働いているお姉さんに聞きに行った。
そのお姉さんは綺麗で温かく、優しくて……自分は将来、この女性のようになりたい。彼女はそう、思っていたのだ。
だからその日も「ペットショップ アーサー」と書かれたエプロンを付けて、接客をする。接客と言っても、ここに来るのは大抵は、放課後に小動物を見に来る小学生くらいの小さな子供達で。紅は彼らにかつての自分を重ねて、どこか温かい気持ちになれるのだ。
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