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私は力なく、その枝を目指しました。何があるのでしょう。暗くて怖い。そして……体中がムズムズします。
カナカナカナカナ……。
これは、さっきから聞こえる、この鳴き声のせいでしょうか。この暗くなった森に響く、ひぐらしの鳴き声が聞こえる度に、私の体は疼くみたいです。
ようやく辿り着きました。何もない、暗い木の枝です。気配はありません。他の生き物も、そろそろ寝静まる頃でしょうか。
カナカナカナカナ……。
『よく頑張った。これで、君も明日からこの空を……』
この空を、何でしょうか? 体が、熱い。いや、寒い? 私の背中が、体が……。
カナカナカナカナ……。
『大丈夫。それは羽化だ。君の背中に、羽が生えるための儀式だ』
儀式とは……。どうすればいいのでしょう。そして、さっきから誰でしょう。私に向けて鳴く声は。なぜ私に……。
体が痛い。背中が、引き裂かれる。私は、どうすれば……。
『強く願うんだ。空を飛びたいと願うんだ。その願いは君に羽を与えてくれる。私を信じなさい。私はひぐらし。そう、君と同じ……』
カナカナカナカナ……。
ミシッ……。
それは、カマキリが獲物を狩る時の様な音でした。
ズズズズズズッ……。
それは、何者かが土の中から獲物を引き摺り出す時の音の様でした。夢にまで見た瞬間は、暗がりの中、静かにその時を迎えました。
お母さん。暗い扉を開けた私は、人知れず大人になりました。もっと喜びに溢れる物だと思っていました。
もぬけの殻の中に詰まった沢山の思い出。これを持ったままでは飛べなかったのでしょうか。
背中の羽は私をどこに連れて行きたいのでしょう。
カナカナカナカナ……。
しかしそんな私を包むその鳴き声は、優しく、子守唄の様でした。
私は疲れ果て、静かに眠りにつきました。
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