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そろそろでしょうか……。白い雲は彼方へと流れ、水色のキャンバスが少し赤みを帯びる頃、私は重い扉に手を掛けました。
しかし、私が期待と共に重い扉をこじ開けようとした、正にその時。不意に母の声がよみがえりました。
『ひぐらしの鳴き声が聞こえ始める頃に、木を登りなさい』
それは、優しい声でした。周りに目を凝らすと、まだ明るい中に、私の事を狙っている者も居る様です。
私は焦る気持ちを抑えて、再び待ち続けました。そして、ようやく鳴き始めたひぐらしの声を聞くと、重い扉をこじ開けました。
しかし、辺りは静かになって、そこに賑やかさはありません。
私は自分だけ取り残されて、夏が終わってしまったような焦燥感に駆られました。寂しい……。土の中では感じなかった孤独が私を襲います。
遠くで微かに聞こえる鳴き声に、母との別れを思い出しました。お母さんはきっと、もういないのでしょう。そう思うと私は増々寂しくなり、ただ茫然と森の中を見渡していました。すると……
カナカナカナカナ……。
『きをつけろ!』
突然私に呼び掛ける声がして、我に返りました。何やら視線を感じます。
それは鋭く、殺気を帯びていました。ようやく外の世界に出た私を待っていたかの様な、冷たい殺気……。
ガサガサガサガサ……。
私は怖くなり、どこか遠くの木の上に逃げ出そうと、羽を広げようとしました。しかし、思うように飛べません。
土から出ただけでは、飛べないのでしょうか。もう、何年も生きて来た筈ですが……。
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