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陽が落ちる頃、森は賑やかさを鎮め、私は少しの寂しさを感じました。今日は出会えなかった。私の夏は短いのに。
焦る気持ちを抑えて、私が安全な木を目指して飛ぼうとしたその時……。
カナカナカナカナ……。
「また、会えたね」
私の前に一匹のひぐらしが現れました。聞き覚えのある声。そうです、昨日の声の主です。私は戸惑いました。寝床を探していた所です。
「疲れた顔をしているね。たくさん飛んだんだろう。でもね、力を使い過ぎると危ないよ」
私はその言葉に、昼に見た蝉の最後を思い出しました。思わず羽が震えます。
「もう、暗くなってきました。そろそろ、寝ようかと」
すると、そのひぐらしは、カナカナカナカナ……と笑うように鳴くと言いました。
「私達は、これからが本番だよ」
「どういう事でしょう。本番というのは。もう陽が落ちて」
カナカナカナカナ……。
すると、どこからともなくひぐらしの声が、一つ、また一つと聞こえて来ます。
カナカナカナカナ……。カナカナカナカナ……。
昨日は必至で気付かなかった、沢山の声が森に響いています。薄暗い森の中に澄み渡る様な美しい声が、木々の間から溢れて、森を覆っていきます。
「さあ、おいで。君も一緒に行こう。みんなが呼んでるよ」
私はその雄のひぐらしと共に森を飛び回りました。昨日と同じ薄暗い森の中。でも寂しくありません。怖くありません。
カナカナカナカナ……。と鳴くその声は、私をどこまでも連れて行ってくれるようです。
それは私を包み込む様な、そんな声でした。その声があれば、私はいつまでも空を飛んでいけるような、そんな声でした。
お母さん。私、今度こそ、はじめました。二度目の恋、はじめました。やっと出会えたみたいです。
これで私も、もうすぐお母さんの所へ、行けそうです……。
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