王の料理人

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 王の力が衰えたせいで、実りは減り、人々は貧しくなった。しかし卜人(ぼくじん)によれば王の治世は五百年、あと二百年は残っている。二百年を待たなければ継ぐ人は出ず、それ以前に王の治世を天が改めようとしたときには、争乱が起きる。  コトリ、鄒燕の背後でかそけき音がした。薫物(たきもの)の甘い香りが鄒燕の鼻を掠めた。  美しい色とりどりの刺繍の施された沓が静かに近づいてきた。長い裳をさばく衣擦れの音が聞こえ、甘い香りが強くなる。薄絹の肩巾(ひれ)が持ち主の動きにつれて微かになびく。  鄒燕は我に返り、振り向いた。漆黒の髪を高く一つに結い上げ、きらびやかな龍の縫い取りのある表着に、薄絹を何枚も重ねた裳を長くひいた若い娘が立っていた。 「これは鸖公主(かくこうしゅ)、斯様なところにおいでになってはなりませぬ」 王の第一王女鸖が(すみれ)色の瞳で鄒燕をみつめて、微笑んだ。 「父王は今日も召し上がらなんだか」 「公主、供も連れずに。お部屋にお戻りなさいませ」 王女は鄒燕の言葉など聞こえないようにさらに言葉を続けた。 「鄒燕。父王の衰えようどうみた。遠慮はいらぬ。思うとおりを述べよ」 意思の強い瞳が鄒燕を見据えた。 「公主よ、わたくしはただの料理人でございます。どうぞお許し下さい」 鸖公主は顎をひき、瞬きもせずに鄒燕を見つめていたが、やがてふっと笑った。 「ならば妾《わらわ》が言おう。父は倦んでいる。このままでは国が持たぬ。妾に禅譲されるまでまだ二百年ものときが必要というのに」 鄒燕は頭を下げた。恵国では建国時の天帝との契約のときに、直系長子相続が定められた。王位継承順位第一位は細くたおやかな鸖公主なのである。 「父はもう二百年もの間、外に出ていない……明後日、狩りをする。久しぶりだ。腕が鳴る。父のため、妾のために最善の料理を作っておくれ」 「は。王と公主のため、やつがれ、腕によりをかけて。必ずや王のお気に召すお食事を出してみせましょう」 「楽しみだ」 鸖公主は皓く粒の揃った歯を見せた。
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