第2話

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第2話

小気味よい音を立ててカードがシャッフルされていく、いくつかの山に分けたあとまたそれを1つにする。 長い指先がカードに触れ、踊るようにカードがテーブルの上に並べられていった。 独特の色使いとキャラクターがそのカードには描かれているのが見えた。 また、カードの背面には薔薇十字が配置されていた。 「んー」 長い黒髪の彼女は、カードを見ながら困った表情だ。 一枚のカードを拾い上げてじっと見つめた。 カードの絵を見ているのではなく、カードの向こう側に見える何かを見ているような目だった。 短いため息をついて、そのカードをガラスのテーブルの上に置いた。 そして一瞥すると、カードを再び1つにした。 奥にあるキッチンから男性の声がした。 「どうかしましたか?リースさん?」 彼女は長い黒髪を耳にかける仕草をした。左耳の銀色のイヤーカフスに付いた2本の細いチェーンが揺れるのが見えた。 「ちょっとね…」 キッチンからカフェスペースに歩いてきた男性は奥のクイーン・アンチェアーに座っている女性の前に立った。 彼のいでたちは黒い革のベストに黒い細身のスラックス。 ベストの裏地は赤いペイズリーが見える。マスターロールでたくし上げたシャツからは男性とは思えない美しい腕が見えた。 「そうですか。今日は朝から雨ですし、お客さんもしばらく来ないでしょうから、お茶をお入れしますか?」 「ええ、そうね。お願い、店長」 キィィィィ…。 玄関のドアが開く音がした。 「いらっしゃいませ」 グレイの背広をきた30代後半の男性だった。 顔だけをドアから出して、中を覗いていた。 自分には入りづらい店だと顔に書いてあった。 「すみません。こちらによく当たるタロット占い師がいると伺ったのですが、」 「ええ。おりますよ。どうぞ、お入りになってください。秋雨は体を冷やしますから」 「…ああ、すみません」 顔を真っ赤にしながら、促されるまま店の中に入った。 肩に落ちた雨粒を手で払い、乱れた髪の毛を手で直しながら踏み込んだ。 それほど大きな店ではない。 白檀の香りと濃い紅茶の香りがミックスされて不思議な気持ちになった。 落ち着いたワインレッドのビロードで統一された店内はアンティークな雰囲気を醸し出している。 「この次に来るときは、彼女と来てくださいね」 ぼんやりと店内を見ている男性に奥に座っていた彼女が声をかけた。 「!」 鳥の囀りのような美しい声に驚きながら、その声の方向を見た。 深緑色の丈の長いワンピースを着た女性が優雅に座っていた。 手元にはタロットカードがあり、中指にはめてある金の指輪がきらりと光っていた。 「よろしければ、お座りになりません?」 「ぼ、僕ですか!?」 その言葉を聞いて、彼女はくすっと微笑んだ。 会話が噛み合っていない。この場所にいるのは彼と彼女と店長だけだ。 「そんなに緊張なさらなくても、いいんですよ」 「はあ…」 男性は仕事で使う鞄を抱き抱えたまま、彼女の向かいに座った。 緊張しているため、顔が硬っている。 背中も丸まって、まるで借りてきた猫状態だ。 そんな彼の顔を彼女は微笑みながら、眺めていた。 「今、ちょうど店長とお茶でも飲もうかって言っていたところですの。ハーブティーはお飲みになれますか?」 「ハーブティー?…ですか?」 「ええ、ちょうどいいカモミールティーがあるんですよ。それを頂こうかと思っていましたの」 「あ、僕は何でも、」 「じゃ、店長、淹れていただけます?」 彼女は片手をあげながら奥のキッチンにいる店長に合図を送った。 「かしこまりました。ホットでよろしいですね?」 「ええ。香りを楽しみたいからホットで」 男性は落ち着かないのか辺りを見回した。 どうにもこうにも場違いな感じが否めなかった。 左手には大きな鹿の剥製が壁から生えていた。 真っ黒で大きな義眼がじっとこちらを見ていた。 まるで生きているようだ。 「おまたせしました」 目の前にカチャっと陶器のぶつかる音がして、ティーカップが置かれた。 ふうっと香る独特のハーブの香りに包まれた。 淡い黄金色の液体が鏡のようにカップの中で揺れていた。 雨に降られたこともあり、思わずカップを持って、口元へ運んだ。 一口飲んだだけで、身体中にその美味しさが広がっていった気がした。 身体中の余計な力が抜けていくような、そんな感覚だ。 「うん。美味しいわ。カモミールには鎮静作用があって、薬草としての歴史も古いんです」 「へえ。初めて飲んだんですけど、ハーブティーって結構、美味しいものなんですね」 お茶の効能か、ようやく男性の表情が緩んできた。 「じゃ、本題に入りましょうか?」 彼女はにっこりと微笑んでカップをソーサーに戻した。 そしてその手をカードの上に置くのだった。 男性の表情がまた硬くなった。 「え、あ、はい」 「私にどんな御用がおありでした?」 「実は…」
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