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第7話
「其方、言い出したら、聞かぬからな」
「そのようにお育てになったのはお師匠さまではありませんか?」
「はて?」
「始めたものを途中で投げ出してはならぬ、と」
「始める前に熟考せよ、とも言ったがな」
リースはくすっと笑った。
「確かに」
昔を思い出したのか、彼女は遠い目をした。
もう行動は起こしたのだ。あとは進むしかないと思っていた。
そのために「門」を通って、こちら側に来たのだから。
その決意をもって、壁に掲げられた「角ある者」を見上げた。
「うむ…。そろそろ限界のようだ。この空間での特異点が消失してしまうの」
さっきよりは声が遠くなって聞こえた。最後の言葉は掠れたようだ。
「お師匠さま…」
「小言だとしても、其方と久しぶりに言葉を交わすことができよき時間であった」
「わたくしもです」
リースは微笑んだ。
「太陽神ルーの加護を…リャナン・シー…」
次第に声は細く小さくなっていき、最後はなんの音もしなくなってしまった。
あとには黒く大きな目を見開いた剥製が元の状態のまま残された。
リースはもう一度、ひざまずき、深々と一礼した。
グングルーが歌うように音を奏でた。
目を閉じて、何かを祈るようにじっと動かなかった。
(目的を成し遂げたあかつきには必ずや…)
再び目を開け、立ち上がると、眼下に横たわる男性の顔を見ながら自分の右手の人差し指と中指で唇に触れた。
彼女の手には何かが握られていた。
まるで命を吹き込むかのように手の中にあるものに息を吹きかけていた。
(じゃ、宿主さん。申し訳ないけど、あなたのを使わせていただくわね)
「あなたにあって、私にないもの。大丈夫。心配しないで、ほんの少しいただくだけ。傷も残らないようにしてあげるから」
もう1人の自分に語りかけるようにリースは独り言を呟いた。
手を口元から離すと胸の前に持ってきた。
彼女の手の中に大切に包まれていたものは、さっき男性が床に落としたカップの陶器片だった。
持つ手にグッと力を入れた。
「痛。」
カミソリの刃のように尖った陶器が掌に突き刺さった。
見る間に血が床にポタポタと落ちていった。
「血は生命の乗りもの…血は命そのもの…我が血をもってこの者に問う…」
彼女はさらに手に力を入れた。
握れば握るほど破片は彼女の掌深くに入り込んでいく。
ドロッとした鮮血が手首から肘、肘から太腿へと滴り落ちていく。
彼女の半身は血で赤く染まっていった。
「血は水より濃く…血は火より熱く…血は血によって贖わなければならない」
シャラン!シャラン!とグングルーを鳴らしながら彼女は反時計回りに魔法円に沿って歩き始めた。
いや、歩いていない。
リズムを刻んでいた。
「血によって生まれるは私自身…血によって生み出されるは我が子…我が母…」
ゆっくりと独特なステップで弧を描く。
素足が床に触れるたび、持ち上がるたびに鈴が鳴った。
「我が傷は聖痕、我が傷は光、我が望むところ、望む場所へと結び至る」
彼女は手を開き、掌に 刺さっていた破片を反対の手で引き抜いて床に捨てた。
ゴトっと小さな音を立てて、真っ赤になった打製石器の矢尻のような破片が落ちた。
「我が血を捧げ、ここに乞う。この者への道を開かん」
ほぼ一周すると彼女は魔法円の中に入り、彼のそばに跪いた。
ドクドクと血が流れる手を彼の心臓の上に起き、そのまま彼に抱きつくように倒れ込んだ。
「………さすれば…」
最後の言葉は聞き取れなかった。
彼女はそのまま意識をなくした。
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